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日本が誇る「オナニーの申し子」にして、TENGAヘルスケア取締役の佐藤さんにオナニーから妊活まで真面目に聞いてきた【前編】



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もはや当サイト内では説明不要の「TENGA」。「TENGAヘルスケア」はそのグループ会社として2016年に設立されましたが、取締役の佐藤雅信さんはオナニーの世界記録保持者(!)という猛者。「オナニーの申し子」の異名も持つ佐藤さんに、クリエイティブなオナニーの歴史から現在のミッションまで、本邦初公開エピソード満載でお話を伺ってきました!みんな、「マスターベータソン」って知ってる?

日本が誇る「オナニーの申し子」にして、TENGAヘルスケア取締役の佐藤さんにオナニーから妊活まで真面目に聞いてきた【前編】

1. TENGAヘルスケア取締役は日本が誇る「オナニーの申し子」!

オナニー界のセルゲイ・ブブカ

 

——佐藤さんといえば、TENGAヘルスケアの取締役であるとともに、「マスターベータソンの世界記録保持者」だそうですね。まずは佐藤さんご自身について知るために、この「マスターベータソン」のご紹介からお願いします。

マスターベータソンは、「マスターベーションのマラソン」。平たくいえばオナニーのオリンピックです。


——オナニーのオリンピック!

男性部門ですと、耐久時間、回数、飛距離などを競います。僕はその耐久時間部門で優勝しました。とはいえ、これは性に関する活動をしているNPO団体が主催する、マスターベーションのタブーを取り払うというチャリティーイベントです。2000年頃にアメリカのサンフランシスコで始まりました。


——大真面目な性のイベントなんですね。

はい。サンフランシスコだけでなく、その後はイギリスやデンマークなどでも開催されました。10数年やって消えちゃうんですけど。


−−(なんと…)でも、そのわずか10数回のうち、佐藤さんは2008年、2009年と2連覇されているとか。

しちゃいました。自分が世界でどれくらい通用するか確かめたかったので、嬉しかったですね。


——記録のほどは。

最初が9時間33分で、翌年は9時間58分でした。


——日本人の平均睡眠時間は7時間42分(※10才以上。平成28年総務省統計局調査より)です。もはやアスリート。

いえいえ。一応競技というかイベントなので、長くやることは目指しましたけど。それ以上に楽しむことをメインに考えていたら、結果として記録を更新していたまでです。


——さすが、「オナニーの申し子」と呼ばれる(※『TENGA論』(2011年/竹書房刊)の制作に関わったライターの罪山罰太郎氏命名)だけのことはありますね。2010年はなぜ出場されなかったんですか?

本当は10時間いきたかったんですけどね。2連覇したあたりでもういいかなと思って、3回目には手が出ませんでした。


——絶頂期での勇退ですか。でも、「オナニーの申し子」と呼ばれることについてはどう思いますか?

率直に嬉しかったですよ。小さい頃からオナニーをやっていて、それも夜から朝までやっちゃったりとか、気づいたら時間が経っていたりとか…。なので、マスターベータソンで優勝したのもそうですが、自分が長年オナニーをやってきたことの結果として、「オナニーの申し子」と呼ばれることはありがたく思っています。

 

2. TENGAヘルスケア取締役の原点 クリエイティブすぎるオナニー遍歴

 

——5才からたしなまれていたそうですが、きっかけは。

水流ですね。


——水流!

温泉やプールにあるジェット水流の噴出口に当てると、気持ちいいことに気づいてしまって…。シャワーや、おばあちゃんちのお風呂にある蛇口で強い水流を狙っていました。だから実は、最初から僕のオナニーは刺激が強すぎたんですよ。あとはおばあちゃんちに電気マッサージ器があったので、それで…。あれ、おばあちゃんちが多いですね。


——一回ちょっと、おばあちゃんちに謝りに行きましょう。

家にはないものがあったんですよ(笑)。そういう強い刺激に慣れすぎて、射精までの時間が遅くなっていったという事情もあります。


——床オナもされていたんですか?

それが、トライはしたけどうまくできなかったんです。小学校の時に友達から「こうすると気持ちいいんだ」と聞いてやってみたんですが、射精には至りませんでした。
そのかわり、「椅子オナ」というものがありまして。


——いすおな!!(動揺)

椅子の背もたれの上にペニスが当たるようにして、そのまま椅子を押すようにして歩くんですよ。すると、椅子が「ギギギギ」といって…。

 

とくに学校の椅子と床の組み合わせが最高だそう

 

——椅子も床も固くないとダメなんですね。程よい「ギギギギ」が大事。

そうなんですよ。いやでも本当に気持ちいいんですよ。高校の時にも、放課後に教室で一人でやっていました。


——女子が見たら泣く光景ですよ。

いろんな意味で不適切なオナニーばかりしていましたね。そのしっぺ返しについては、後でじっくりお話しますが、経験者として絶対にオススメしません!

 

3. TENGAヘルスケア取締役の原点 はじめての彼女は小学6年生

 

——それだけのオナニストであれば、子どもの頃からクラス内の「エロの伝道師」的な存在だったんじゃないですか?

自分ではあまり覚えていませんが、小学生の時点で周囲からはそう見られていたようです。まあ、性的なこと全般について興味があったのは間違いないですね。


——好きな子はいたんですか?

小学校の時からいましたよ。


——はじめての彼女は何歳でできましたか?

えっと…6年生です。


——早い!

でも、セクシャルコンタクトはなかったと思います。一緒に遊んだり、その程度です。


——いっぽうで、オナニー活動は続けていたわけですね。

はい。彼女とは子供らしいお付き合いをしていましたが、オナニーは別でしたね。


——水流、椅子と続いて、佐藤さんのオナニーは非常にクリエイティブです。TENGAは当時まだ発売されていませんが、オナホールは使っていないのでしょうか。

そうですね、基本的には身の回りにあるものを利用していました。
よくオナホールの代わりに使われるこんにゃくというのがあります。
自分も色々と試してみたんですが、あんまり気持ち良くなかったので、洗って冷蔵庫に戻して家族で頂きました。こんにゃくはそれっきりです。


——やっぱりクリエイティブ。

でも、強すぎる刺激はダメですからね!

 

4. TENGAヘルスケア取締役の原点 オナニーしすぎてヘルニアに

 

——さて、長じて世界記録を樹立される佐藤さんですが、大学生の時にはオナニーのしすぎによる不幸が襲ったとか。

2005年、大学3年生のときにヘルニアになりました。手術もして、1か月近く入院。あれは辛かったですね。


——…なぜオナニーでヘルニアになるんですか? 

その謎は、姿勢にあります。中学生のときにやっていた器械体操で腰が弱くなっていたというのもあって、大学生のときに長時間オナニーをしたことで腰が悲鳴を上げたんです。

——どんなクリエイティブな姿勢だったんですか。

 

この姿勢による長時間オナニーは危険です

 

こういうふうに、浅く腰掛けるスタイルで、夜通しやっていたんです。実際に試していただければわかると思うんですが、これってすごく椎間板周辺に負担がかかる。それで、あるとき発症してしまったんです。


——(ピッチャーが肘を壊す、みたいな…?)

下半身が痺れて、歩くとビリビリいうんですよ。とうとう歩けなくなって、入院、手術です。


——では、ヘルニアに関しては長時間の無理な姿勢が問題であって、強度は適正に保たれていたんですね。

いや、不適切だったと思いますよ。5才の頃から強い刺激に慣れてしまっていたので。だから射精まで時間がかかるわけですし、実際、かける力が強いので皮も伸び切っていましたしね。


——カワがノビル!

どれぐらい長かったか、説明いります?


——お願いします。

オナニーして、射精するじゃないですか。その精液を皮の中に閉じ込めて、そのまま洗面台に持っていって流せるくらいです。


——ティッシュいらずで便利ですね。なんてエコロジー。

 

5. TENGAヘルスケア取締役の原点 ついにTENGAとの出会いが訪れる

 

——奇しくも同じ2005年3月に株式会社TENGAは設立。7月には初の商品「CUPシリーズ」が発売されています。佐藤さんは82年生まれなので、当時23才ということになりますが…大学3年生で合っていますか?

はい。前年に留学していたんです。そして、帰国後、就活中にヘルニア(笑)。この時点でまだ僕は会社としてのTENGAも、グッズとしてのTENGAも知りませんでした。


——運命めいたものを感じますが、その時点で希望する就職先はあったんですか?

実はなかったんです。でも、長期間入院したときに、性に関する仕事をしたいと意識するようになりました。


——それはなぜですか?

もともと、大学のサークルで身体障害者の自立生活を支援していたんです。そこには当然性の問題もあって。思いがけず長い入院生活を送るなか、いろんな自己分析をした結果です。「自分が人生の中で一番長く、楽しんで続けているものは何だろう。この先長く情熱を傾けられるものは何だろう」と考えたときに、5歳から続けているマスターベーションに焦点が当たりました


——TENGAとの出合いは?

その年の10月に、ゼミの後輩が「こんな本があるよ」と『an.an』のセックス特集を見せてくれたんですよ。その中に、TENGAの商品写真が掲載されていて、「こんなのがあるんだ」と思ったのが最初です。その後サイトを見たら、「性を表通りに、誰もが楽しめるものに変えていく」というビジョンが掲げてあって。「これだ!」とビビビとやられたような感じでしたね。


——ビジョンに思い切りミートしたんですね。とはいえ佐藤さんは、それまでオナホを使ったことがなかったはずです。

すごい偶然なのですが、ヘルニア手術を終えて退院したあとにオナホデビューしているんです。TENGAではなく『汁抜き姫』というものでしたが。


——すごいネーミングですね。

ですよね。その汁抜き姫がなかなか良くて…。オナホールの魅力にも目覚めた絶妙なタイミングでした。


——そこから、TENGAにメールをされた。

はい。当時は採用フォームもなかったので、問い合わせフォームに「お金はいらないからここで働きたい」というようなメールを送ったと記憶しています。当時は松本(松本光一社長)本人が対応していたので、松本から返事があり、11月に面接に行きました。


——相当なパッションですが、それは「性の概念を変えていく」という新しいムーブメントの最先端に身を置きたいという思いからでしょうか。


そう…とも言えますね。ただ、当時は社員も二人で、会社も一軒家だったので、最先端感はあまりありませんでした(笑)。





ついに松本社長と対面することになった佐藤さん。TENGAへの入社、そしてTENGAヘルスケア設立へと続く「オナニーの申し子とセクシャルウェルネスの物語」は次回感動の後編へ! 佐藤さんの包茎ストーリーもお見逃しなく…!

 

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