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【ニュー男子】Back to the 過去!



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前回、最近初対面の人とのふれあいが多く、その都度、自分のプロフィール的な話をしている。 というようなことを書きたくてほとんど書けなかったので、今日はそのつづきに挑んでみようとおもいます。

挑むもなにも、自分でしていることなのだからそうすればいいじゃん! そのように言いたい気持ちはわかります。 そして、もちろんそのようにもできると思います。

けれど、なんというのでしょうか、この書くということの不思議として、 言葉が次の言葉を生むというのか、ドミノ倒しのように事が運ぶときに、 もっとも苦なく書き終えられるとぼくは思ってしまっている節があるからか、 「今日はこれを書くのだから」と無理にその流れを変えようとすると、 パタリとなにも浮かばなくなってしまうことがよくあるのです。

ということで「挑む」意識の今日なのですが、ほら、またこのように脱線……。

ぼくは2018年8月1日現在「絵と文をかくことを生業としています」と、社会に向けて自称している人間でして。 それはすなわち名刺をつくり、そこに「絵と文など」と肩書き部分に記しているというわけなのですが、 その絵と文との出会いはどちらも面白いものでありました。

まずは文は、遡りまくれば幼少期に母から毎晩絵本の読み聞かせをされて床についていたこと、 ぼくと兄の「子供部屋」には大きな本棚があり、そこにぎっしり絵本やら児童書やら大人の本やらがつまっていて、 日課としての読み聞かせの効果からか、ぼくも兄も当然のように小さい頃から毎日本にふれていた。 テレビよりもゲームよりも運動よりも音楽よりも本という物質、存在がぼくらの生活の根にあったように思う。

なもので、必然的に言葉に親しみをもち、お年玉をためて2、3万円のワープロを買い、 初めて小説を書いたのはたしか中学一年の時だった。 その思い出のワープロは、いつかの断捨離欲過多の自分が、 「こんなもの!」と捨ててしまったのでもう二度とその小説を読むことはおそらくできないのですが、 人生で最も恐怖まみれだった中学時代のぼくは、 自分だけの秘密のその世界に、誰かの自殺を機に自殺の連鎖がおきていく。 というような、ザ・中二病的物語をまるで神様になったような気分で、世を呪うような状態でしたためたのでありました。

人って変わるんだなあ、と、40数年野村浩平という人物を生きていて心より思います。 だって、あの頃のぼくは、本当に本当に暗かったのです。

「誰にも心をひらけない」などということが悩みにのぼらないほど、 そのような選択肢がみじんも浮かばぬ一択感で、完全完璧に誰ひとりにも心をひらいていなかった13歳男子が20数年ののち、 人の目を見て話すことができたり、お店の人と世間話をしたり、ご近所さんにさわやかに「今日も暑いですねえ」なんて言えたり、 「はじめまして。それではお話をうかがいます」などと初対面の誰かにインタビューをするようになるなんて、夢にも思わなかった。 そんな人生が待っているだなんて、想像すらしなかった。

そんな生い立ちがあるおかげでぼくは、まだ変われる。想像もつかないくらいの未来が待っているかもしれない。 と、日常的に夢想するようなおめでたい中年になったのであります。

以上、どこにそのニーズがあるのか不明なわが過去話ですが、すらすら書けるのでもう少しつづけてみたいと思います! ひきつづきお付き合いいただけましたらこれ幸い。本日もお読みいただき誠にありがとうございました。
ニュー男子 拝

 





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