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続・ほもおだほもお

 

 

ほもおだほもおについて昨日記事を書いたところ、
編集担当のSさんより、めずらしく長いメールがあった。
長いメールを要約してしまうと、それはもう本人の伝えたかった事柄とずれることは間違いないので、
要約ではなく、ぼくの印象に残った感覚をもとに、
メールへの返事みたいな気持ちをもとに言葉を綴ってみます本日です。

前回の記事から、ぼくがどのようなことを感じているかなど、たぶん誰もわからないと思う。
なぜなら、ぼく自身が明確なひとつの何かを感じたわけではないから。
ただ、さまざまな感情、思考が入りまじった状態でありながらも、
言葉に、文章にすると、そこにはある確定した何かが表現されることとなり、
その言葉の便利であり不自由な側面を、時に”怖い”と感じる私です。

だから、できればぼくの個人的なことや、
なにかを書いても不安に感じない距離感の人との出来事だけを書きたいのですが、
一方に、自己防衛のような恐れから、
何も書かない、言わない、意見を表現しないという態度は、ある意味では”逃げ”かもしれないとも思っていて。
さらに、たとえば今回のことでいうと、
黙ることは結果的には、主流の、強い流れの一味となることかもしれないとも思う気持ちもあり、
自分的にはリスキーなのですが、ほもおだほもおについて書いてみようと思ったのでありました。

友人Sさんのメールには、
ほもおだほもおをつくる番組の関係者にもきっとLGBTの人はいるだろうし、
あのような放送をした人が必ずしも「ホモをきもい」としていないと思う、というようなことがあった。
(Sさん、伝えたかったニュアンスと違ったらごめん!)

なるほど、たしかに番組関係者にだってLGBTの人はいそうだし、
つくった人たちが、あのような価値観?の人間だ、ということでもないかもしれない。
そのような視点に立つと、ほもおだほもおを制作した人たちだって、
「社長が謝罪」という展開に驚いたり傷ついたりしているかもしれない。

人はそれぞれにその人独自の価値観をもっていて、
その価値観が誰かのもつ価値観と相反することはあるし、
相反することで傷つく人もきっといて。

だから軽はずみで何かを表現することは慎むべきことなのかもしれないけれど、
誰かが表現したことで、多くの人に気づきがもたらされることもあるのでしょう。

それを踏まえたうえで、まとめのようにしてもう一度ほもおだほもおのことから思ったことについて書きますと。

テレビを、
たとえば災害などの緊急速報を報じる役目も担う、ある種の社会的な装置と思うとき、
そうした力をもたされたメディアが「こういう人はこう扱うと面白い」と表現することとは、
”それって本当?””わたしはこう思うけど”といったリテラシー、疑う力をもたない人間には、
”そういうもの”としてあたかも真実のように刷り込まれてしまう恐れがあるのではないか、
ということを言いたかったのであります。
そうして、ぼくもこのように発信する者として、もっと気をつけなくてはと思ったのでありました。

以上、うだうだ雑記に最後までお付き合いいただきありがとうございました!
ニュー男子 拝

 

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