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キリギリス あなたは不幸な キリギリス

 

 

ある日。
といっても実は前回の文章と同じ日。
一度区切って、すぐにまた書き出している。

「文章を書く」というとなかなかおおげさなことに思うし、
ましてや人様が読むソレとなると、けっこう取り掛かるまでに時間がかかったりする。
やらなきゃいけない宿題を、でもやりたくなくてほかのことをやる。みたいな感じ。
その心模様のようなものは、やらねばならぬ、という強制感というかが、重しのようにしてのしかかり、
または、やってなるものかという反発心が生まれ、行動に待ったをかけるのだろうか。
いや、ぼくにとっていちばん大きいのは、
「もしかしたら書けないんじゃないか」「書けなかったらどうしよう」
という恐れによるものかもしれない。
日々の言動の根底のような部分には、この「恐れ」という怪物がひそんでいるのかもしれない。

けれど、こうした自問自答作文は、やってしまえば実にたのしい。
なにがたのしいのかというと、パソコンのキーボードをカタカタといわせるということがあるように思う。
四角く黒いmacの一部分を叩くと、白い画面に文字が打ち出される、この単純な仕組みというか、遊びが、たのしい。
そして、文字を組み立てることによって、
文字が言葉となり意味が生まれてくる不思議もまたたのしい。

今日は曇天。すこし頭が痛い。時刻はもうすぐ午後3時。
もっかの日々では、だいたい夕方の5時に家中に掃除機をかけ、
6時から7時くらいの間には夕飯を食べている。
食べたら、テレビをみたりネットをやったり、
なんともダラダラした時間をすごし、風呂に入り、寝る。毎日ほとんどその繰り返し。
起きる時間も適当で、目が覚めてもやりたいことが浮かばず、
いや、やりたいことが二度寝だったりして、また目をつぶり、起きると午後、ということも少なくない。

その暮らしって最高じゃん! と思う人もいるでしょうし、最低だね、と思う人もいるでしょう。
ぼくは、最初は、どちらかというと「最低だ」というジャッジを自分の下す日を多く過ごしてきた気がします。

世界では紛争や飢餓やいろいろなことがおこっていると言われる今に、
このように健康というか、体のどこにも痛みを感じていない肉体をもっているにもかかわらず、
なにひとつ、世界、世間に役に立っていない(と思ってしまう)自分って、最低だ。と。

まわりの友だちたちは当たり前のように毎日仕事をし社会にコミットしていて、
そうした人たちのある意味健全な日々を、ネットごしに知る日には、
とてつもない罪悪感にさいなまれる。

あなたはいったい何をしているの? そんなことをしていていいと思っているの?

アリとキリギリスという、
遊んでばかりいるキリギリスが、夏に働かなかった報いのように寒い冬に凍えながら餌を探す。
という、現代社会の教訓的エッセンスがつまったおそろしい童話の、
報いをうけるキリギリスのように自分を感じ、震えた。

そうして今日こそは何かをしなくては。
などと、自分の中にある、まっとう風な人格にムチうたれるようにして、
何かしらすべきことを探し、心がじわじわと沈み
1日をグレー色に過ごしてしまうことがよくあった。いや、今もある。

罪悪感というのは、強い。
罪悪感は、まるで王様のように、権威を与えられた立場のものであるように、
あらゆる価値観を押しのけ、自分に罪の意識を植え付けてくる。

どんな瞬間にも、必ず、それを罪悪と思うことのできるものの見方、捉え方というのは存在するものだと思う。
光と影という反対のものが表裏に存在するこの世界は、
あらゆることは、表からも裏からも見ることができ、
その見方によって、あらゆることは、良いことにも悪いことにもなるフレキシブルさがある。

それにしても。
自分をよし、たのしいからよい、と思うことよりも、
こんなことをしていてはダメだ、たのしむなんて間違っている、と、
自分を辛くさせる思考回路のほうが「正しい」ように感じてしまうのは、なぜなのだろう?

でも、正しい風の”罪悪感様”に道をゆずったところで、
結果として訪れる気分は「今の自分じゃダメなんだ」という、不甲斐なさ、不安感なわけだから、
そんなものが正解なはずがなかろうと思う。

ハ! 思うままにタイピングしていたら、
なんだかひどくモンモンとした話になってますね、すみません!!

ひとまず「働かないと天国かと思ったけどそうとも限らんのねー」
なんてことを、とってつけた反面教師的教訓としてお伝えして、
今日はおしまいとさせていただきますね。
みなさま、ごきげんよう!

 

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