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【ニュー男子】思い出トラベル午後3時

 

 

前回なにを書いたのか確認せずにスタートしてみます。 ってそんなことどうでもいいですよね、そんなウォーミングアップを読まされてもなんですね。 でも、世の中そういった余白みたいな無駄みたいなもの、もっとあってもいいのかな、などと思うのです。 だって、死ぬために生きているわけではないし、寄り道がいつしかメインロードとなっているかもわからないし、 そもそも、なにが寄り道でなにが本道なのかを誰が正しく知るのでしょう。

さて、たしか先日の私は、自分の過去を人に話したい。 そしてここにも書きたいのだ、と綴っていたはず。 ということで、現在のぼくがしていることまでの経緯をまたお伝えしてみますと。

もともと記者という仕事に就いたのは偶然でした。 とその前に、大学生のある日に人生イチの雷が落ちた的な瞬間があり、ぼくは大学を辞めることを決めまして。

というのも、ゲイである自分を受け入れられず、祈るように死を願う時代が長くあったため、 まったく社会にでている自分を想像せずに成人を迎えた私。 けれど、ありがたいことに大病も事故もなく年を重ねてゆき、 あと1年もすれば社会人にならなくてはならぬような年齢に達し、 ゲイを受け入れる努力よりも、隠蔽して生きることのほうが当時の自分には数段リアルに感じたため、 生涯独身でも不自然じゃなさそうな職につかなくては!! となった(どんな思考回路……)。

そこで、その時期に夢中だった写真を仕事にするしかない、と思い込み、 大学を中退し写真学校へ行こうと考えたのでございます。

今日のぼくがあの頃のぼくと出会い、言葉を交わすとしたら、 カメラマンになるための道筋は学校に通わなくてもいくらもあるよ? 学校で勉強する時間のすべてを作品作りやその夢を人に伝えていくことのほうが、 ひょっとすると近道なのかもしれないよね、近道が良いかはひとまずおいておいてだけどもね。

などと優しく諭してみたいわけですが、 幸か不幸かそんなタイムリープ経験はぼくにおとずれず、3年制の写真専門学校へ入学。

などと、こう細かく振り返っているとぜんぜん前に進まないし(記者の話にたどりつかない!!)、 読んでくれているあなたに何ひとつとして役に立たない雑記になってしまいそうでごめんなさい。

そんなわけで話を一旦近過去へ飛ばしますと。

きのう、大家さんの家でカレと3人で夕飯を食べたのですが、 そうした際には大家さんとカレは料理を分担することが常でして。 料理苦手意識の大家さんは、料理上手のカレの手順や味付けや食材の組み合わせに、 よくよく感心したり、なるほど!みたいな気づきを得ていて、第三者の私は大変興味深くそれを見守っているのですが。 そのなじみの工程を眺めていた昨夜、ふと、思ったのであります。

料理にせよ写真にせよ、おそらくさまざまなことは、自分の枠の中で行なわれているのだなあ、と。 昨晩の献立のひとつにかぼちゃの味噌汁があり、すごく美味しかったのですが、 その”かぼちゃ”は、前夜かぼちゃとマヨネーズをあえただけのサラダの残りを、 味噌汁の中に溶かしいれた。そういう一汁でありまして。

もしかしたらうまい例えじゃなかったかもですが、 サラダだったものをお椀ものにイン!という発想が大家さんには目から鱗。つまりは枠外発想だったよう。

これはこういうもの。それはそうしないと。と当然化しているものの”当然”は、その人のもつ偏った観念。 おおげさに表すならば、偏見なのでしょう。

ある時期までの子供の絵をもれなくすばらしい!と感じてしまうのには、 子供にはまだ「空は空色。トマトは真っ赤」といった思考の枠が形成されていないことが大きそう。

思考の枠組みが年月分強固になっていそうな私のような大人は、 え、なにそれ?的未知との遭遇を恐れず、素直に「なるほど~」とすることで、 子供のようなみずみずしい感性を掘り起こせるのかもしれない。 そうしてわが常識という自覚しにくい枠を取り払ってくれる誰かとは、ぼくを自由へと運ぶ天使なのかも!!

……以上「ぼくも天使あなたも天使」というTシャツを作りたいような、けれど作っても着ないだろうな、 というどうでもいい妄想にニヤニヤする午後3時の私より、いつかのあなたにゴニョゴニョ言わせていただきました。

本日もお付き合いくださりありがとうございました!
ニュー男子 拝

 

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