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ついにTENGA社長降臨!社長が選ぶマイ・ベストTENGA5も発表【前編】

TENGA社長インタビュー前編

当サイト記事内でもランキング上位をキープし続ける「TENGA」。その美人広報さんが美容男子に降臨してから2ヶ月。ついに僕は、TENGA代表・松本光一社長にお会いすることができました。38歳で株式会社TENGAを設立、最初のカップシリーズは5千個売れたらヒットといわれるアダルトグッズの世界でミリオンヒットを飛ばし、いまや男子なら知らない者はない一大ブランドへ。「性を表通りに、誰もが楽しめるものへ変えていく」というビジョンに込められた思いとは? 営業目的ゼロの「TENGA社長・松本光一が選ぶマイ・ベストTENGA5」もガチすぎて見逃せません。今年36歳の僕。社長のようになりたいです!

ついにTENGA社長降臨!社長が選ぶマイ・ベストTENGA5も発表【前編】

1. TENGA社長・原点は「工作好きな少年」

 

——そもそも社長は小さい頃、どんな少年だったんですか?

工作が好きな子供だったね。そう思うと、俺ってずっと何か作ってるね(笑)。学校の授業で、図工だけは成績がよかった。ただ、結構凝っちゃうので、時間がかかるの。小学校の授業でも、頭の中でこうしたいというのを作ろうとすると時間内に収まらなくて、授業後も残って作ることが多かったと思います。

——イメージできちゃうんですね!

そんなかっこいいことじゃないんだけど。思ったことが複雑だったりするから授業時間内に間に合わなくて。先生から嫌がられているのは子供心にわかっていたんだけどね。決めたものは作りたいというか。そこは当時から変わらないですね。

——松本社長といえば、TENGA設立前は長くクルマの整備や販売の仕事に携わったことで知られていますが…。当時は、大人になったら何になりたいと思っていたんですか?


クルマの仕事をやりたいと思ったのは小学校4年生ぐらいだね。


——それより前はなんでしたか?


俺は道路工事のショベルカーが好きだったから、あれを一日見ているのが好きだった。だから、あれを運転するようになりたいと思っていたかな。


——クルマといえばクルマですね! 


そうだね、言われてみれば、小さい時からクルマが好きだなあ。まだ籠に入るぐらいの赤ちゃんのときに、クルマの後部座席の窓から流れる景色を見るのが大好きで、今でもその景色を覚えてますよ。

編集長(心の声)

(俺は弟をいじめていた記憶しかない…。)



——ネットで拝見した記事のうろ覚えですが、その後実際に「クルマ関係の職業に就きたい」と意識するのは高校生ぐらいのときでしたっけ?


それはちょっと間違い。小さいころからクルマが好きで、さらに小学校4年生ぐらいのときにスーパーカーブームも来るんですよ。その後、『マッドマックス』っていう映画も上映されて(※1979公開)、さらにクルマが好きになって。


——2015年にもシリーズ第4作が公開された人気映画ですね。


そうそう。それで、中学を出たら普通は高校行くじゃん? でも俺は早くクルマの仕事がしたかったの。それで、近くの整備工場行って、どういう仕事かを見せてもらったりしていた。技術欲がすごく高かったんだね。それから…あっ! いま思い出した。花火職人にもなりたかったんだ。


——思わぬ角度から別の夢が!!


小さいときね。何かの番組で花火職人のことをやっていて、一生懸命作ったのを一瞬で破裂させるっていうのが刹那的で、かっこいいなと思ったの。まあ、そのことは自然と忘れて行くんだけど…。
とにかく中学を出るころには、進学するよりも早く働きたくて、整備工場を回っていたんだよ。


——…僕は就職どころか、サッカーボールと女の子のお尻を追いかけることしか考えていませんでした…。


さすが「モテ」を追求するサイトの編集長だね(笑)。
とにかくそのとき、ちょうど燃料供給方式がキャブレターから、インジェクションに変わる時代だったんだよね。それで、行く先々で整備工場のみなさんが「最近はそういうコンピューターが増えてきて、わかんねえな」って言うわけ。

編集長(心の声)

(僕もわからない!)




それで、「ああそうか」、と。今後はクルマも、どんどんコンピューター制御に変わっていく。僕はやる以上は技術屋として一流になりたいから、まずそれを勉強しないといけないなと思い直したんです。
それで、地元の静岡工業高校というところに電子科というコンピューターを学べる学科があったので、そこを目指すことにしたんです。


——大学でさえ暇つぶしや自分探しで行く若者が多いのに、ものすごく実学志向ですね。

 

2. TENGA社長物語:高校初日の挨拶で「趣味はオナニーです」

 

電子科って当時は珍しかったんですよ。いまはみんなタブレットやiPhoneを持っているけど、当時は「パーソナルコンピューター」ですらなくて、当然一般家庭にもない。プログラムするのもすごく大変で。たぶんDOSってやつだったと思うな。二進法からやる時代です。さらに、電子科そのものに入学するのもかなり難しくて、学校の先生にはレベル的に無理といわれたんだよね。でも、「決めたら入るんで」ってめちゃくちゃ勉強しました。


——集中力!


いい時で学年10位ぐらいには入っていたんですよ。悪いときは30位ぐらいかな?でも、足りない。それで、願書を出すときに親と学校に呼ばれて滑り止めを受けるように言われたんだけど、「いや、そういうのいいですから」って。


——(笑)。本命一本ですか。かっこいい。


「落ちたら俺は仕事しますんで」って。でもなんだかギリギリ受かったんですよ。

編集長(心の声)

(退路を断つ15歳って、なかなかいないよな…。)




ただ、実際に入ったらやっぱりみんなめちゃくちゃ頭がよくて、ついていくのは大変でしたけどね。あ、でも、入学して初日に名前と趣味と一人ずつ話すじゃない。


——ありますね。


電子科って結構まじめっぽい生徒が多くて。みんな「趣味は映画で…」とか型通りでさ。なんかつまんねえなと思って。ここは一発ウケないと、って自分の順番が来たときに「趣味はオナニーです」って言ってみたんだよね。


——初日に!


そしたらさ、ウケましたよ。高1でさ、まだそんなこと人に言うと恥ずかしい…という状況だったから。僕がこう言うとウソっぽいけど、本当だからね。


——制圧した感がすごい。角度が違う(笑)。社長が仰ると説得力があります。


マジな話だからね、これ(笑)。
まあとにかく、そこで電子的な基礎知識がついて、整備士になるには免許が必要なこともわかったので、高校卒業後、今度は三菱の自動車整備の学校に2年間行ったんです。


——着々と、整備士への道を歩んでいますね。


相変わらず技術欲が高かったので、授業だけじゃ物足りなくて、近くのディーラーに「整備士学校の生徒なんですけど働かせてください」と言いに行くんですよ(笑)。
「いや、お金出ないよ?」「はい。いりません。覚えたいんで」と言ったら働かせてくれて。1カ月ずっと仕事して、技術的なことは結構教えてもらいましたね。

 

3. TENGA社長物語:実は女子に免疫がないタイプ

——僕はまだまだ、サッカーボールと女の子のお尻ばかり追いかけていました…。


俺はそんなに女子に免疫がないタイプなんですよ。中学は共学だったけど、どちらかというと硬派だったな。高校は工業高校だから、そもそも女子が少ない。


——本当に女性関係はなかったんですか?モテたいとか。


うーん。俺は当時、これはかっこいいなと思ったことをやりたかったんです。モテたいというのもあったよ。でも、いいなと思ったことをとにかくやりたい。それで、高校生のときはバンドを組んでボーカルをやっていました。ハウンドドッグのカバーとか。


——めちゃくちゃモテるやつじゃないですか!

いや、モテないんだ、これが。そんなにうまくないから、人前で披露するレベルにまで到達していないし。むしろ友達が超モテるやつで、バレンタインの日さ、そいつと一緒に登校していたら女の子に呼び止められたりして。俺気まずいのに「ついてきて」って。


——彼女はいなかったんですか?


高校生のときは…いないです。

編集長(心の声)

(絶対いただろうに…忘れられている彼女が可哀想だ…。)



でも、高校を卒業して、愛知県の自動車整備学校に行ってからは、彼女はできましたよ。


——どんな方でしたか?


どんな?(笑)バイト先の高校生だったよ。俺もまだ高校出たばかりだから、自然だよね。今、高校生と付き合ったらまずいけど。


——社長が女性に何を求めるかとか、パートナーシップに対する捉え方の原点があると思うので、ぜひその彼女さんについてもっと聞きたいですね。


なるほど。どんな人、か……。

——シンプルに「どんな女性がタイプなんですか?」と知りたいだけですが。


おとなしくて真面目な方でしたよ。超いい人だったと思う。


——超いい人!すごい褒め言葉ですね。


高校生だけど、とてもしっかりしていたような気がする。


——いわゆる「マブいスケ」とかではないんですね。


全然違うよ(笑)。キレイな人だったけど、ギャルっぽいとかではなく…まあ、あの時代はギャルという言葉自体がなかったような気もするけど。


——人としてしっかりしているところに惹かれた、ということですね。


うん。


——なんで別れちゃったんですか?


掘るね〜(笑)。なんでかなあ…。19,20歳だもんなあ、俺。

編集長(心の声)

(どんな質問もちゃんと思い出そうとしてくれる…。)




うーん…とても真面目で素敵な方だったんだけど、僕はもっとバカなこととか楽しいことをやっていきたかったのかな。それで何か噛み合わなくなってしまったんだよね。2年ぐらい付き合ったと思うけれど。喧嘩をしたとかではなくて。


——TENGAと一緒で、フィット感が大事ということですね。


うーん…。まあ…そう…。

編集長(心の声)

(やばい、すべった!)




——真面目にお付き合いされるんですね。女の子をとっかえひっかえ、とかじゃなくて。


そんな、松井さんとは違いますよ(笑)。


——いえいえいえ、僕はモテたい気持ちとだけ向き合って生きています!

 

4. TENGA社長物語:激貧で見えた「性欲は人間の根源」

 

——とにかく、仕事はがっつりクルマの世界に入られるんですよね。


普通、三菱の学校を出たら三菱関係行くんだけれど、やっぱりスーパーカーが好きだったので、ポルシェとかフェラーリを扱っている会社に就職したんですよ。2年ぐらい一生懸命やって、そのあとベンツとかBMW等の整備の仕事をしまして、そのあとクラシックの仕事をやったんですよ。ここは5年ぐらい働きました。


——どんなことをするんですか?


海外から輸入してきた古い車を日本ですごくキレイにして、お客さん一人ひとりの希望通りに仕上げて渡すということ。かなり打ち込みました。ただ、同列の海外法人のほうが赤字を出していた影響で、日本の法人も経営状態がよくありませんでした。僕はその頃、お客さんとどういうふうに仕上げるかというやりとりを直接していたんですね。最後に納車する時も立ち会い、とても喜んでもらっていた。収益も出していましたし、それなりに責任者だったんです。でも、給料は他の人に払うのにギリギリで、俺はほとんどもらえなかったの。


——えー!


結構長い間もらえませんで、いよいよお金がなくなって「もうお金がないです」と社長に言うと、3千円だけもらえる


——お小遣いじゃないですか。しかも中学生レベルの!


毎月電気も電話も止まるし、とっても貧乏ですね。でも俺は、お金が目的で仕事しているわけではなくて、車好きな人たちにこだわりぬいた一台を納めるということが楽しかったので、必死にやっていましたよ。俺がきっちり結果を出すことで、会社はよくなると信じていた。社長も信頼していました。ところが、あるところで、「あいつは人がいいから、お金をあげなくてもよく働くんだよ」と社長が言っていた、というのを耳にして、初めて「そういうことか」と気づきましたね。


——ひどい!


今思えば「ちゃんと払ってください」と言えばよかったんでしょうけどね。当時はそういう感覚がないんですよ。俺、思い込みが激しいのよ。ちょっと異常。そういう状態でもとにかく必死に仕事をする。
でも、お金がなくなってくるとね、デートをするのもきついじゃない。自分が生きていくのでいっぱいいっぱいになってしまう。そうなると、カレーを食べるときも……本当に忘れられないんだよな。何が入るかを気にしちゃうの。自然に。


——お玉一杯に、肉がどれぐらい入るかとか。


そう。それくらい追い込まれてくるとね、人に対して思いやりが持てなくなってくる。僕はそれをいま猛烈に反省しています。それからもう一つ、食欲とか性的な欲求がすごく大きくなってくる。そこが、人の根幹の欲求だということに、おかげで気がついた。


——動物的ですね。


さまざまなものが削ぎ落とされたときに、人がもともと持っている欲求はやっぱりそこなんだな、と気が付きました。あと、どんなにきつい環境であっても、人に思いやりを持てなくなってはいけないということも学びました。自分が嫌になるじゃん。とても大事だなって、だいぶ後になってからですが、気が付きました。


——でも、当時はそれぐらい大変だったということですね。それでもそこまで仕事に打ち込めるのはすごいです。


好きなことをやっていたからね。そして、必ず結果が出ると思っていたし。でも、そんな言葉を聞いたらもう働き続けられないですよね。僕は一度信頼したらとことんなんですよ。でも、信頼していたものが完全に崩れました。それからしばらくしてその会社を辞めました。でも、やっぱり自分ができることはクルマの仕事なので、静岡に戻って、中古車センターで販売を始めました。そこでは入社直後から辞めるまでの3年間、ずっと売上成績はトップでした。

編集長(心の声)

(SUGEEEEEE!)




それまで俺、そんなに給料もらってなかったけど、歩合もあって、ちゃんと給料もらえるようになりました。


——そ、そうですね(笑)。


こんなにくれるの!?っていう。昔に比べたら生活は楽だし、後輩にごちそうすることもできる。滞納していた税金も完済できて、借金もなくなった。でもそうすると…論理的な理由はないんだけど、生活が安定してくると、ものを作って世に出したくてしょうがなくなってきた。これは内側から出てくる欲求で、説明がつかない。


——ここで、工作好きな原点が頭をもたげてくるんですね。


それで、何かを必ず作ろうと思って、軍資金として給料を貯金していった。その一方で、巷にあるプロダクトを研究していきました。この製品は誰に喜んでもらいたくて、何を実現したくて作られたものなんだろうっていうところを意識しながらね。僕は何年間もモノを買うような生活をしていなかったから、日本製のプロダクトって、どれもこれも素晴らしいんだよ。何を果たしたいのかという目的がしっかり伝わってくる。「ついに●●が実現しました!」とか、ちゃんと明示してあるでしょ。スペック比較から売り場づくりまで、すべてしっかりしている。「ああ、やっぱり日本の製品はいいな」と思いました。

 

5. TENGA開発秘話!「オナニーは悪くない」

 

——そこから、TENGA誕生にどうつながっていくんですか?


ほぼ毎週、いろんなプロダクトを見てはアイデアが浮かぶような日々でした。特許も取りたくて、発明学会にも入っていろいろ研究していたんです。


——発明学会!


楽しかったですよ。そんなときに、ふと半年ぶりぐらいにアダルトショップに入ったの。それまでも、たまに行くことはあったんだけど、毎週毎週プロダクトを研究するようになってからは、足が遠のいていた。

ちょうどビデオからDVDに変わるぐらいの時代ですね。アダルトショップといってもメインはビデオだから、グッズ類は端っこのほうに売り場があるだけなんだよね。それで、何気なしに覗いてみたら、その瞬間に、その空間の違和感がすごかったんだ。


——違和感、というのは…?


これまで見てきたプロダクトは、ブランドとか、製品の優位性がわかるようになっているんですよ。当然、どこで作っているものかということも明確だし、スペック比較もあって。だけど、アダルトグッズは当時JANコードもなければ会社名も問い合わせ先も書いていないものが多くて、違和感と不安を抱きました。


——確かに、出所が不明だと「なにこれ?」ってなりますね…。


それで、イチ押し商品は目立つ棚に陳列されているんだけど、ほぼ全部、女性器の形と裸のパッケージ。もしくはロリっぽい絵が描かれていて、その棚から発しているメッセージは「オナニーは卑猥でわいせつだから、よりわいせつな気持ちになってこの商品を使ってください」というものだったんですよね。


——なるほど…。


でも、俺の周りは10人中10人がオナニーをしているので、オナニーは普通のことだよな、と思うわけです。ところがこの棚が発しているのは「オナニーは特殊で卑猥でわいせつなことですよ」というメッセージで。それを見たときに「間違ってるな」と強く思いました。


——間違っている、というと?


お金がなかったときに、性欲というのは食欲と並んで、人の根幹を成すものだと気づいたわけですよ。そして、僕のまわりは全員オナニーをしている。なのに、そのためのプロダクトは卑猥でわいせつで特殊な行為ですよと謳っている。でも、性欲って生存欲なんですよ。それに対する製品なのに間違っていると思いました。。


——確かに、誰しもに備わっているもので、決して「イケナイもの」ではないですもんね。


そう。それで、僕は「一般のもの」として、アダルトグッズを作る。今世の中にないのなら、自分がそれを作ろうと。その売り場に入って15分ぐらいで決めました。それまでは、何か開発はしたいけど、具体的に何を作ろうということはまったく考えていなかったのに。


——なるほど! まさに社長の人生を変えた瞬間が、そこなんですね。


そうですね。2002年ごろの出来事じゃないかな。それで、軍資金として1千万を貯めて、退職しました。辞めた翌日から、朝6時に起きて夜2時まで開発に熱中しました。


——に、20時間体制じゃないですか!

編集長(心の声)

(一人ブラック企業ですよ、社長!!)



だって、仕事をしない状態で開発だけをしてるんですよ。発明協会に行っていると、素晴らしい作品を作っている方がいるんです。でも仕事をしながらなので、5年とか6年とか、結構な時間がかかっている。僕はそれを聞いて、仕事はせずに開発に専念すると決めたんです。


——進学の件といい…基本、社長は「背水の陣」ですね。


そうかもしれないね(笑)。思い込みが強いです。性欲に対するプロダクトとして当時のあり方は間違っていると思ったわけです。でも、その時点で今のTENGAのようなものは存在していないんです。


——なるほど。お手本がない状態で、まさにゼロから手探りで作り始めたということですもんね。


どんなことでも思い込んだら「とことん」やり抜く松本さんが見つけた新たな目標——「一般のものとしてのグッズを作る」! そのためにとことん追求したこととは!? その結果生まれた豊富すぎる商品ラインナップからの「社長マイ・ベストランキング(ガチセレクト)」も後編へ続く…!

 

後編公開!!
ついにTENGA社長降臨!社長が選ぶマイ・ベストTENGA5も発表【後編】

 

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