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未知の領域

 

 

先日、半年近くぶりの整体へ。 このひと月ほど首、肩らへんが痛く、湿布を貼ったり揉んだり、素人の対処療法的なことでしのいできたけれど、 なんとなく「今!」ってなタイミングがあり、プロに頼ることとした。

首が痛いのに、足なり腕なりに施されるのはいつものことながら、 今回の症状の根は深いようで、そうとう時間をかけてほぐしてもまだ消えず、 最終的には「ちょっとすみません」と脇の下に手が伸びた瞬間、それはおどろくほどの激痛!

太い電流が刺すように走るこんな痛みは、かつて経験したことがない気がする。 押されて出現したということは、内部に相応の原因があるのかな、と不安もよぎったが、 それ以上に、自分に未知の領域があることにワクワクし、とある記憶がよみがえってきた。

魔法使いのようなヒーラーの方に数年前、 匂いやら音やらを使いなにかを燃やしたりなどもして術をかけてもらった際、瞬時に寝落ちのような状態となり、 半分夢のようなその時空で妄想恐怖が爆発し、気がついたら大声をだし全身にびっしょり汗をかいていた。 そのハプニングのわけとして「あなたの中に強烈な恐怖心があり、それが出た」というようなことを言われ、 驚きとともに、たいへんワクワクしたのだった。

そうした想定外の痛みや恐れはぼくに、こんなメッセージとなって響く。

自分の意識外のどこかは存在し、そこにはこんなにも突き抜けたエネルギーが潜んでいる。 わたしは、わたしたちは、未知の可能性をたっぷり眠らせている発展途上の存在。 その”未開地開拓”に年齢は不問。資格もいらない。 ただ、自分がそれを認める、自分の可能性をみとめる、それだけのこと。

でも、なにを根拠にそれを言うのか、その論理に整合性はある? そう言いたい自分もあるけれど、「理解」が及ばないからこその未開地なのだろうとも感じる。

真相はひとまず、そのような視点にたつと、あかるい気持ちになれることはたしか。 そして「あかるい気持ちになる」ことが、とても大事なのだと思う。 たとえどんなにすばらしい料理も、仏頂面でため息つきながら食べていたらおいしくないどころか、体にも良くなさそう。 人間にとって「気」「気持ち」とは、毒にも薬にもなる強力なフリーエネルギーなのかもしれない。

ということで、科学的にどう、常識的にこう、ふつうはそう、という既知の情報はいったん横におき、 ハッピーライフの基礎として、自分の「快」を指針にすることに努めたいと思う私なのでありました。

本日も最後までお付き合いいただき誠にありがとうございました!
ニュー男子 拝

 

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