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今年の女

 

 

この時期になると毎年のように、1年が終わり、あらたな1年が始まるという仕組みをありがたく思う。 もし今年とか来年とかいう「年」の概念がなかったら、こうしたリセット感、仕切り直し感はどう得ていたのだろう? 

ということで2017年を振り返ってみようと思うも、びっくりするくらい個人的な事柄しか浮かんでこない。 そんな世の中の動きにまるで関心がむかず、ニュース的なことをほとんど知らない社会不適合的な今年の私でしたが、 もともとそんな人間だったかというと、そうでもなく。 かつてはそれなりに社会の情報を得ようと努力はしていたように思う。 しかし、その姿勢は「知りたい」という前向きなものというよりは、「知らなければやばい」という恐れベースのものだった。

ちなみに、政治、経済的なことがぼくの思う「The 社会ニュース」(ニュース番組でもだいたいトップで報じられるし)なのですが、 それらを人並みに知らないと世間から大人失格とみなされるのではないか、と怯える気持ちと、 どうしてその大きな動きばかりを重要視するのだろうか、という反発心がある。

政治、経済、スポーツ、芸能、芸術など、世の中の出来事にはジャンルが存在し、 そのジャンルを当然と受け入れられる素地ともなるに違いない学校での教科別の授業、テストがあり、 そこでは社会も図工も並列的にあつかわれていたはずなのに、 大人になると「政治経済」が「美術」よりも重要で、 それにコミットするほうがまっとうとされるのだとしたら、その根拠はなんだろうか。

社会というものを動かす力としてお金があり、そのお金の動きが「経済」であり、 経済場としての社会を動かす土台にあるのが「政治」と考えてみると、 政治経済に精通することは、お金、物質方面においての安心感にはつながるのかもしれない。

また、それを重要と位置づけ、通達する人々がいるとすれば、 彼らはまちがいなく政治経済をつかさどる、トライアングルの上部にいることでしょう。

なにはともあれ、「庭の花が咲いた」ことよりも「北朝鮮の動向」を重要! とするのは、実はただの価値観ではないかと思うのですが、 もしかして私、ものすごい恥をさらしていますでしょうか。無知すぎでしょうか。軽蔑しますか、謝ったほうがいいでしょうか。

さて、前置きが長くなりましたが、今日書きたかったのはそんな自己開示ではなく、平野ノラのことでした。

もっかテレビ界、テレビCM界はバブルがブームのように見受けられます。 荻野目洋子が再ブレイクを果たし、 彼女のバブル期のヒット曲「ダンシングヒーロー」とか「六本木純情派」などがふたたび脚光を浴びるその背景には、 大阪の高校生が、集団ダンスの音楽としてそれらを使用し、またそのダンスが評価されたことによるのでしょうが、 そのダンスのバブリーな世界観の元になっているのは、おそらく平野ノラ。

テレビ番組やらCMやら楽曲やらもしかしたらバブル的パーティーグッズやらの億単位の経済効果の発生源が、 平野ノラというひとりの女性の「バブルってウケる」という感性にあるのだとしたら、 それって本当にすごいことだな、と思うのです。

そして、誰かがあるインスピレーションを表現したことが、めぐりめぐって日本に突然の「バブルブーム」を起こす。 その一連の出来事が特定のジャンルの活動におさまらないことを思うとき、 やっぱり世界ってつながっているのだなあ、などと遠い目をしたい私なのでありました。

ちなみに、平野ノラとブルゾンちえみは同じプロダクションに所属し、 2人を発掘、育てたのは同じ人物、と先日テレビの副音声から情報を入手。 すると、彼なのか彼女なのかその敏腕社員こそが、今年の潮流主なのかもしれませんね!(だからどうした)。

以上、本日も偏った中年雑記をお読みいただき誠にありがとうございました。
ニュー男子 拝

 

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