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ホロスコープ鑑定記5

 

 

ホロスコープとは一体なんなのだろう、と思う。 性格というか性質のような内面的なものはもちろん、 出生時の東の地平を指す”アセンダント”が12星座のどこに位置していたかにより、 その人の外見的特徴の傾向までわかるのだそう。

ちなみにぼくのそれは射手座で、さらりと検索した情報を組み合わせると、 「長身で面長、堂々とした体躯のスポーツマン風」の傾向にあるそう。 面長で長身はあたっているけど、堂々ともしていないし運動している感もほぼない気がする。 というか外見の傾向なんてどうでもいいですよね、だって変えられないんだから。

とはいえ、 星の配置がこの命となにかしらの関係をしているということへの信用というか信仰みたいなものは、 調べれば調べるほど増していく私です。

星にかぎらず、ぼくの思考回路は、 姓名判断的な名前からのなにか、数秘術的な誕生日の数字からのなにかなど、 生まれながらに与えられてしまっている”決定事項”にはそれ相応の情報がつまっているはず。 と、それらを科学的根拠がなくとも受け入れてしまえる節があって。

その回路を読み解くと……。

たとえば数字というのは、実用的な側面とは別に世界共通の形・シンボルといえましょう。 それが”生年月日””出生時間”として、皆に等しくいくつも与えられていることの不思議。 その神秘に深い興味を抱いた先人たちが長年かけ、 そのシンボルの組み合わせと人間の傾向をデータ化し、それがいつしか「術」となった。

数字にしろ名前の組み合わせにしろ、「術」とは(術に限らないけど)、 いつか誰かがある瞬間にそのことを知りたくなった、そこになにかがあるのではと閃いた、ということ。 つまりは、どんなものであれ出発点というものは、ある種の”啓示”と考えられましょう。

ってな回路で「OK」とできてしまうのであります。

さて、ホロスコープ鑑定のつづきですが、 序盤の性質的な説明がいったん終わると、時期の話へと展開しました。 これがまた、なんというかすごくて。 〈この時点でリマーナすず先生に伝えていたのは、名前と出生時間、場所だけ(相性みたい人は? 的な話からゲイってことも伝えた)〉

【2015年の秋くらいから本格的に(試練の星である)土星が入ってきました。年末からは正確にかかってきたため、お金や愛情など、かなりしんどい時期。 石の上にも三年といいますが、この3年間を頑張っておいたら、後になって「あのとき頑張って良かった!」となります。 この時期にやっぱり自分は芸術の方で生きようとか、こっちの方で生きなくちゃとか何かしらの覚悟を決めないといけない。 わりと損したり、馬鹿を見るようなこともあるんですが、でも、そういう風に生まれついてしまっています。 地平線に星がない人でもここに土星がくるとちょっと大変なんだけど、野村さんみたいにがっつり地平線に星があると”大人の禊”みたいなことが起きてきます】

ぼくの近親者は知っているかもですが、 2015年の春にそれまでの仕事をやめて画業を生業にしよう、と生活を一変させまして。 当初はお金に余裕があったので超楽観的にいられたのですが、秋くらいから焦りを感じ始め(お金が底をつきた)、 その年の年末あたりからの数ヶ月は、未曽有の恐怖に襲われたなかなかの生き地獄だったのですよね。

どのようにして精神のバランスを崩したか、ギリギリ保てたかはまたの機会に書くとして、 どうでしょう、このピタリ感、なんだかすごくないですか。

一応お伝えしてみますと、わたくしのその試練の時期は今年の12月21日あたりまでなのだそうです! たかが占いといえばそれまでですが、この3年の暗中模索感を思うと、この言葉がもう嬉しくて、ありがたくて……。 土星が次の星座に移るその日は祝杯をあげようと思った私なのでありました。

ホロ鑑定記、まだつづく。
ニュー男子 拝

 

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