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スピリチュアル・レッスンしてる

 

 

毎日掃除をしている冬のはじまりです。 きっかけは、たまたまネット徘徊時に知った方のブログにあった「スピリチュアル・レッスン」というカテゴリーが気になりひらいたこと。 「スピリチュアル・レッスン」とは、自分の内なる声を聴くための4週間のワークブックなのでありました。

こうした”実際やる的”本は、できる気がしなくスルーするのが常なのですが、なぜか強烈に惹かれ、即注文。 そうして数日前よりスピリチュアルなレッスンにとりくんでいる私です。

本日で6日目なのですが、毎日のように「今日は掃除をしてください」とその日の課題にあり、 「以後の4週間をこのレッスンに捧げる」と自身との誓約書を書いたため(書け、と本の冒頭にあるのです)、 やるかやらないかなどと迷う余地なく取り掛かっている。

ここまで集中的に掃除をするのはとても久しぶりで、まるで引っ越し直後のような気分。 ちょっとした掃除ハイの状態で、寝ても覚めても掃除、片付け、整理整頓のことを考えてしまう。

そんなイレギュラーな時間に、いろいろと発見があった。 自分の家、部屋と向き合うということは、所有物と向き合うことともいえそう。 すくなくとも物まみれのぼくは、これはいるか? これがここにあるのはどうなのだ? など、終日「物と私」の関係をみつめている。

物とは、過去なのですね。過去の私が手にいれたもの。 そのだいたいは、大切なお金とひきかえた大切なものであり、 人から貰ったものは、くれた人の気持ちの象徴としてこれまた大切で、とにかく無下にすることはできない。

けれど、「一生懸命働いて買った、今は使うこともないけどあの苦労の証なのだ、とても捨てられない!」といった由来の物とは、 いってみれば、過去の念が込められており、その物があることにより今とは異なる当時のエネルギーとつながる回路となっているのかもしれません。 (その過去が力をくれるものはとっておけばよい)

”捨てる掃除”とは、そうした過去からの延長線的空間を、今日の私が主体となり、 「いつかのあなたにとって大事なのは知っている。でも、今のわたしには不用!」と、 目下の自分にふさわしいエネルギー空間に整え直す実際的な儀式なのかもしれない。

さて、明日は何をさせられるのだろう?

なんだか「四の五の言わずこれをしろ!」ってな、きびしい先生のもとで修業しているような気分になっています。 そして、そういうの嫌いじゃないみたい。

もしも、ご興味わいた方ありましたらぜひトライしてみてくだされ。 デニス・リン著「スピリチュアル・レッスン」です。
ニュー男子 拝

 

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