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ほめ日記ってすごい

 

 

ほめて伸ばす。などという子育て理念を聞いたことがありますが、 大人となった私だって、ほめられたらまだ伸びるのではないか。そんなことを思う。 それを「甘っちょろい」と言う人もいるかもしれませんが、 それはその人の人生観であり、ほめられたい私にそう言われましても困りますで候。

さて先日、ふと気になったサイトをひらいたらそこに「ほめ日記」という本の紹介があった。 たとえばそれが「褒める力」ってなタイトルだったらぼくはたぶんスルーしていたと思う。 ひらがなの「ほめ」という表現に”簡単さ”を感じ、「日記」という具体的で馴染みのある行いに興味がわいたのだ。 言葉の力というのはすごいものだなあ、とあらためて思う。

インターネットは、シェア機能というか、おすそわけ精神が根付いているのでありがたい。 まずは、と「ほめ日記」で検索すると、あっという間にその具体的な方法がわかった。 本の著者の方がとても親切に惜しげもなくご自身のブログでそのやり方を紹介してたのでした。

その夜、ザーと一度目を通しただけでわかった気になった一夜未満漬け解釈の情報をここにシェアしてみますが、 ほめ日記とは、たんじゅんに、自分のことをほめる日記を書くことのようです。 さらに簡単なことに、つらつら綴る必要はなく、箇条書きで5個とか10個とか、その日の私をほめるだけ。 そのあまりの手軽さと、ほめられたい欲のパワーからその晩の寝床にてさっそくほめ日記をスタート。

なにを書いたかは恥ずかしいので割愛しますが、たとえば、

・今日もちゃんと起きた自分ってえらい! ・猫のトイレを掃除してすばらしい! ・イライラすることがあったけどイライラをどこにぶつけることなく味わい消化させてすごい! ・ごはんをおいしく食べられるこの体って最高! ・今日1日生きることをゆるされた私って完璧!

まあ、そのようなことを書きました。 ポイントとしては、具体的な自分の言動はほめやすいですが、 行うことの以前に、行える自分であること、自分という存在そのものをほめる視点をもつと、 終日、食っちゃ寝していたとしてもほめることができ良さそう。

数日間、断続的にトライし(書くとなったら箇条書きでは物足りず、けっきょく通常日記を書いてしまうんですよね……)、 この習慣は本当にすばらしい! と感じています。

誰かに自分をよし!としてもらうため、 存在を承認してもらうため何かを起こすことがあるかと思いますが、 他人に気に入られるように動くと、承認、評価されたと感じられない場合は落胆や失望などを生む可能性があるし、 そもそも他人の尺度を想像しそこに自分の言動を合わせることは、本来の自分とはズレが生じるでしょうからストレスとなりそう。

それに比べてほめ日記は、完全自分マターなわけだから、 やったこと、やらなかったこと、なんでもかんでも「OK!」とできちゃうのであります。

そしてやってみて驚いたのですが、ほめられることで得られる悦びや安心感は、 他人からのそれに限ったものではなく、自らをほめることでも味わえるように感じました。 ひょっとすると、「OK!」を求める自分のどこかには、自他の区別などないのかもしれない。

この日記を習慣にすると、 ブログを始めた人が「ブログのネタを探す視点をもつようになった」と言ったりするように、 自分というものを否定ではなく肯定的、いや、超肯定的に眺められるようになる予感がします。

どんな言葉も、自分が受け入れて初めて自分の世界の一部となるのが人間のセオリーとすると、 誰に何を言われようとも”自分が自分をOK”とすれば、それだけでとても生きやすくなれるのかもしれません。

って10日ほど前に始めまだ5回書いただけのスーパー初心者がえらそうにすみません……。

なにはともあれ、「ほめ日記ってよさそうだよ」と一文で言えることを長々書ける自分ってすばらしい!!
ニュー男子 拝

 

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