更新

やっぱり未来を知りたくない

 

 

前回、よくある12星座占いの一般的ではない読み方を知り、 さっそくトライしたところ面白かった。ってなことを書きましたが。 太陽やアセンダントのほかに、月(moon)が重要ゆえ、月の位置した星座の記事を読む人もいるようで。

そうなってくると、もし太陽、月、アセンダントがそれぞれ異なる星座だった場合、 13のうち3。4分の1強は自分の情報となるなわけで、それってどうなのだろう。

占いに否定的な見方をすれば、 そうした記事はどうとでもとれるように書いてあるのだから、当たると思えば当たるのだろう。 どうとでもとれるものを、自分に書かれていると思い込み、 起こった出来事や感情などを「当たった!」と解釈することで自らがその占いに権威を与えているのだ。 となる。

また、 黒猫を「不吉」とする人は、黒猫を見かけたことにより”恐れメガネ”を装着。 そして以後の現象を”恐れ色”で眺め、恐れ回避というある種のネガティブのあり方をすることで、 じっさいにネガティブと言いたい現実に遭遇する(その現実を不運と捉える)。 でも、もちろん、「わ!黒猫かわいい。 朝から黒猫ちゃんに会えてラッキー・ミー!」というあり方の人もいて。 その成り立ちを”この世界が自分の解釈次第”とすると、どうとでもいえる占いが特別なことではないということにもなる。

さて。なにを書きたかったのかというと、 ホロスコープだの数秘術だのとにかく知りたいぼくの本当に知りたい情報が何かがちょっとわかりまして。 それは「自分に都合のよい情報」。以上でありました。

具体的なことでいうと、 ぼくは玉の輿的なお金持ち願望というのはあまりないのですが、イコール清貧志向ということでもなく、 自分の能力で稼ぎたい。という欲求が強いのですね。 そしてその”能力”とは、自分が好きでしていること、 たとえばこうした作文や絵を描くことなんかであって欲しい、と思っていて。 つまり「絵や文が世に認められ、それで食べていきたい」というわけなのです。

しかし、自分が好きでしていることで食べる(成功する)なんて、どんだけ夢見がちなの!  というような常識?一般論? も知ってしまっているので、そうした本能と理性のようなものが葛藤を起こしてしまう。 そうした逡巡の末、「妄想・理想こそ人生の意味だ」とばかりに夢方向に足をふみだしたものの、一挙にバラ色の現実! とはならないもので。

目下の、ひー、ふー、と、わが人生とさまざまな気分で付き合う私にとっての「都合のよい」情報とは、 「自分が、自分らしい人生と信じるこの道を行く力になってくれる」情報なのだと思います。

長々綴ってきましたが、たとえば占い的なものなどに関わる際、そんな風に、 ”自分は何を言われたいのかな”などと一考すると、自分が欲するものに気がつけるかもしれませんよね。 そして、自分が欲する私(状態、状況)へと着実に近づいている今なのだ! と信じられることが、 今日を充実に生きるコツなのかな、と思うのでありました。

以上、すでに外が暗い真冬のような曇天の午後4時は私よりいつかどこかのあなたにお送りいたしました!
ニュー男子 拝

 

RELATED POSTS / 関連記事