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にゃんこスターからの

 

 

にゃんこスター。と書きたくなるのは、その響きと字面に牧歌的な印象を受けるからでしょうか。 昨日、にゃんこスターからのお笑い界は男性優位なのではないか、ってなことを書いたのですが、 ほんとは猫のことを書こうとペンをとりました……。 猫からにゃんこスターへと思考走りすぎの私です。

猫といえば、わが家には外に1匹、室内に9匹の猫がいまして。 餌をあげたり、去勢・避妊手術をしたり、と、彼らの人生にそうとう踏み込んでいるので、 ”飼っている”という表現が適切なのでしょうが、 心情的には、飼う、飼われるというような主従関係ではなく、 猫らの心は知りませんが、ぼくは彼らを家族と思っています。

猫がたくさんいる暮らしには、それはもういろいろな側面があるのは想像つきますかね。 もっともぼくの人生に影響を及ぼしていることは、外泊が自由にできない。ということかもしれません。 わが家は、彼とぼくの二人暮らしなので、片方が家にいれば外泊は可能なのですが、 それは家に残る者に猫の世話をさせることを意味することでもあり、そうやすやすと家をあけられません。 そうして、二人で旅行をすることがさらにハードルが高いのは、猫の数が多いこともあるのでしょう。

それは、旅が大好きな人からするとそうとう窮屈なことかもしれませんが、 ぼくは、旅への憧れはあるものの、じっさい自発的な旅に出たのはこれまで片手で数えられる程度という人間で、 あまりそのことに不自由を感じていません。

さて、本日書きたいことというのはそんな”不自由”についてではなく、with C ライフの恩恵についてです。 好きな猫と同じ家で暮らすことのよろこびは多々ありますが、 もっともすばらしいのは、猫を愛おしむ自分になれることかな、と思う。

たとえば無防備に眠る猫をなでている瞬間の自分の状態を言葉にすると、 なんて可愛いのだろう、なんて愛しいのだろう、この子をほんとうに愛している、 この子のためにぼくはなにがしてあげられるだろう、とにかくあなたが存在していることに感謝、いてくれてありがとう!

なんだか若者にストレートなメッセージが人気のJ-POPアーティスト(誰?)の歌詞のようですが、 でも、言葉にすると、恥ずかしながらそういうことを感じているのであります。 そして、そうした瞬間の自分というのはおそらく「愛そのもの」になっているのではないかとも思います。

真実はわからないけれど「宇宙とは愛」というような話をぼくはよく目にしますが、 たしかに猫を愛でる自分には、昨日の後悔も明日の心配も、自分がどう見えるか見られるかという視点もなく、 感覚的には、無。やわらかく、あたたかいエネルギーそのものなのかもしれず、 全部でありひとつである宇宙がそのようなエネルギーであることを、さもありなん、と思う。 抽象トークはひとまず、猫のおかげで日に何度も「I am LOVE」 となれることが、とてもとてもありがたいのであります。

もちろんこれは猫に限ったことではなく、 犬でも鳥でも亀でも子供でも家族でも友達でも花でも陶器でもファブリックでもなんだってよく、 われを忘れて「愛」になるきっかけをもつことが、いわゆる”クオリティー・オブ・ライフ”には大切なのかもしれませんね。

ちなみに。なにかを愛でているときに、その”愛”の感覚に意識をフォーカスすると、 自分がすばらしい生命体になったような気持ちになれ、超おすすめですよ!

以上、書きたいことが書けまして満足の私から愛をこめておおくりいたしました。 最後までお読みいただきありがとうございました!
ニュー男子 拝

 

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