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発熱帯夜の気づき

 

 

先日。というか数日前、ぼくは風邪をひきまして。 いや数日前などと書いたものの、いつに始まりいつ終わったのか曖昧な代物ですよね、風邪って。

なんかダルい、ちょっと喉がイガイガする、あれ?咳が出はじめた。 などと体がイレギュラーな状態になると、夫唱婦随的な心もまたいつもとは異なる雰囲気となっていき、 ぼくの場合、なんかもうぜんぶ嫌。なにもまるで楽しくないし、楽しみなこともない。 ってなちょっとした自暴自棄状態になっていくのが傾向で、 無気力って地獄だなあ、と毎度思うのであります。

そんな時に望ましいあり方は、おそらく「寝る」「よく休む」こと。 それをするのにはお金も一切かからないのだし、時間もあるのだから、 誰に遠慮することもなく寝ればいい。休みまくればいい。 そう静養モードへと入り、たとえば家事が終わったらすこし横になったり、 ひとまずのやることが見当たらない日は夕方に眠ったりした。 こうしていればじきに治るだろう! そう軽く考えていたが、それは甘かった。

けっきょく1週間くらいはそんなローな日がつづき、 あろうことか彼の誕生日当日、今年は珍しく夕食の予定などもたてていたのにもかかわらず発熱。 マックスで38.8℃まであがり、その日は外出どころではなくなってしまった。 そうしてナウ。今度は彼が発熱し、ただいま横の部屋で眠っているのですが、その話はひとまず。 発熱し、眠りまくりの時間を経て気がついたことがあった。

子どもの頃、少しでも熱が出ると母にすぐ布団を用意され寝ることを言い渡されるのが常だった。 熱の高低に関係なく「熱=静養」が決まりのような家に育ったため、 ぼくは、それが当然のことだと疑わずに生きてきた。

けれど先日、ぼくが熱を出していたのにもかかわらず、 彼の誕生日を祝うケーキを隣の母屋で食べるから、 よかったら暖かかい格好でちょっと顔をだして、というような誘いを受けた。

そのお誘いというか発想にぼくはとてもビックリし、ビックリしている自分に驚き、 わが思い込みに気がつくこととなったのでありました。

「熱あるのに出かける? 熱あるのにケーキ? 熱あるのに起きてていいの?」

その内なる子どもの声を、そのまま彼に疑問という形で届けると、彼は、 熱があっても自分がしんどくなければ、安静にしていたら寝ていなくてもいいんじゃない? と言った。 言われてみればそのとおりだな、と思い、そうして先ほど書いた”思い込み”に気がついたのでした。

その思い込みの何が問題? と思うかもしれませんが、 「熱が出たら絶対安静」は裏を返すと、 「熱が出ていなければダルかろうが寝ることなかれ」というものになるのですよね。

たとえば、 猫のトイレの片付けをしてから、洗濯をしてから、皿を洗ってから寝よう。 などといった風に、やることをやったら自由にしてよし。ってなその思考回路は、 「体調回復を最優先にしていない」状態であり、 「体調回復を最優先にしてはならない」という回路ともいえましょう。 けれどそれが発熱すると一変、一気に「体調最優先」となるのがこれまでの私。

そんな”発熱”とは何かというと数字なわけで。 数字がいつもよりも「高い」から「非常事態」となることとは、 ダルい、なにもしたくない。という感覚の声よりも、 目に見えてあきらかなる数値を重視することを「当たり前」と思って生きてきたということ。

そんな生き方を常にしていると、 体としては、時には発熱させる必要性も生じるだろうなー、と思ったのでした。

なんだか話があちこちして長くなってしまいましたが、 この度の発熱からの気づきにより、 自分の感覚をもっと大切にしよう。 熱がなくても休みたいときは存分に休もう! と心に刻んだ私です。

みなさんも、しんどいときは思いきって休んでくださいね。 そして休むときは、電子機器の電源を切るくらいの「オフさ」で臨むと効果的かと思います。

以上。まだ鼻水、咳が止まらないヨソジより愛をこめてお送りいたしました。 本日もご静聴いただき、誠にありがとうございました!
ニュー男子 拝

 

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