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暇つぶしつぶし

 

 

暇つぶしという言葉が気になるわたしです。 気になるとはどうした現象か説明しますと、 たとえばテレビショーはちょっとしたやりとりの「暇つぶしに何をしてる?」ってな場面や、 友人などの「この間、暇つぶしに映画を観たんだけど」ってな会話に遭遇する際に、 その一言が太文字的に聞こえるといったことでありまして。

だって、暇つぶしってなかなか酷い言葉と思いませんか? 暇とは、まとまった何もすることのない時間を表す言葉でしょうから、言い換えると時間、命なわけで。

その有限なる命という貴重な時間に「暇」という言葉をあてがい、 つぶすもの、つぶしてもいいものと捉えさせてしまう言葉の魔術を意識しているか否かが、 あんがいと人生の充実度と関係しているのかもしれないなあ、などと「暇つぶし」と聞くといちいち思ってしまいます。

言葉とは、無意識、無自覚に行う習慣、癖のような側面もありましょうが、 癖を癖と自覚することが癖を手放す第一歩であるように、 なにげなく使う言葉を意識するだけで、目の前の現象の色合いが変化していくのかもしれません。 それを古くから「言霊」と表してきたのかもしれない。

と、まるで最近「暇つぶし」という言葉をたくさん聞いたかのような書き出しですが、さにあらず。

友人からの久しぶりのメールに、 一服中にスマホでネット見るのが習慣で、ニュー男子毎日読んでいたけど、 禁煙したらネットを見なくなってしまい、まったく読んでいなかった、ごめん! ってなことが書かれていたことがきっかけとなり、 こうした他人の書いた文章などというものは、根本的には暇つぶしにあるのかもしれない。と感じたことに拠ります。 とはいえ、そのように捉えると、小説も説明書も教科書も暇つぶしになってしまうわけで。

これはただの主観的な意見ですが(ぜんぶそうだけど)、 他人の言葉を読み込むという行為は、 それを行う自分の”主体性”のようなものがあれば、肥やしになり、 漫然と行う場合は暇つぶしとなるのかもしれない。

ということで。

「時間がない」「忙しい」と時短装置にお金を費やす一方、 「暇つぶしにホニャララする」などと口にしている人がもしありましたら、 ふいに訪れるブランクタイムを、自分がどのように捉え自他に表現しているかに意識的になると、 時間というものの見え方、接し方が変化するかもしれませんよ!

以上、本日はそんな自己洗脳のススメにお付き合いくださり誠にありがとうございました。

ただいま14時44分。この444の並びにはどのようなメッセージが込められているのか、 ネットにてその”エンジェルナンバー”を調べるこの時間の意味を決めてよいのは、 この宇宙に自分ひとり! ってな自由を感じながら、 みなさま、ごきげんよう。
ニュー男子 拝

 

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