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知ってるくせに

 

 

シンクロニシティーといいましょうか、 なにかしら同じようなメッセージが連続的に届く時ってありますよね。

ここ数日、冗談みたいに会う人が「パターソン」という映画の話をしている。 ジム・ジャームッシュが監督したその作品のことはまるで知らなかったのだけど、 友人のインスタグラムの投稿からその存在を知り、 予告をyoutubeし出かけた先で映画を思わせる音楽がかかっており 店主と作品について話す運びとなり、 そこへやってきたお客さんはこれから鑑賞に行くとのこと。 さらに翌日会った友人が、昨日「パターソン」を観たと伝えてきた。

ここまで(宇宙から)言われると、もう映画を観に行くしかないよね、 と思うけれど、それでも行かないかもしれないものぐさが私。

さて、シンクロニシティーといえば先日友人から、 私ってどういう人に見えます? とのメールが届き、 日頃そうしたことは言ってはならぬとお触れがでているかのごとく 口にチャックを心がけているけれどほんとは言いたいぼくは喜びまして。

あなたは知っているけど知らないふりをしている。 知らないふりを楽しんできたけれど飽きはじめている。

そのようなちょっと謎めく短い言葉が浮かび、送った。 すると数時間後、彼女におくった言葉を自分が体現するような出来事がおきたのでありました。

ぼくはもともと物欲旺盛で、とくに洋服大好き男子なのですが、 稼いで買い物したいという欲よりも、 なにもしたくない、ずっと寝ていたい、好きなことして過ごしたい。 ってなのび太くん的欲求が大きくなったためそれに従い、目下年収100万円以下。

現在の自分をそのように捉えているため、 なるべくお金を使わないように、贅沢品の洋服は目にふれさせないように! と、自分なりの自己管理をしておりますが、 見るだけならいいじゃないか、と出かけたいきつけの古着屋は店主に、 店に入って早々「これ好きそう」って感じに渡されたえんじ色のジャケットを瞬時に気に入ってしまった。

けれど、 1万数千円のそれを買うということは、 1万数千円の収入がないことには何かが滞るということ。 買うべきか買わざるべきかジャケットを何度も脱ぎ着し、けっきょく1時間後に購入。

この1時間って無駄?
この1時間って豊か?

正解は、正解なんてないということ。 誰がなんと言おうが、自分がそれを豊かとすれば、その1時間は豊かなのであります。

ぼくはもちろんのこと自分に都合よく、 迷って悩んで店主に相談してとたのしく豊かなひとときだった!と意味付けしながらの帰路、 あ、知っているのに知らないふりとはこのことか。と、膝を打った。

羽織った瞬間からそれが自分の求めるものだとぼくは知っていたのだ。 けれど、恐れに惑わされ知らないふりをしたのだ。

あの1時間の逡巡は、未来に対する楽観と悲観に揺れたということなのだろう。

選ぶというのは、信じるということ。 我々は、人生をどのようなものと信じたいかを、生きるという行動で選ぶしかないのだろうと思う。

たったのジャケット1枚に、そのようなことを考え、「わたし、買います!」。 宇宙に宣言するように、ぼくは楽観を選び、 あたらしい服を手に入れたのでした。

以上、どこまでも大げさな人間のただの買い物話にお付き合いくださり誠にありがとうございました!
ニュー男子 拝

 

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