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浄化の朝

 

 

こんにちは。しばらくぶりに予定していることのない月曜日です。

おかげさまで、無事にたのしく6日間の展示の会を終えることができました。 この度は展示のテーマを「浄化」と定め取り組んだのですが、 終了し「浄化とは何か?」と、あらためて庭にて一服しながら思い巡らせていました。

そうして浮かんできたのは「自信をもつ」というおなじみの言葉。 自信をもつ。これはどうやらぼくの人生においてとにかく重要なコンセプトのようです。

さて、浄化と自信。 浄化とは、辞書的な意味はさておき、 ぼくの中では自らを生きにくくさせる余分な思い込みや固定観念を手放すことを表す言葉でして。 不要な観念をリリースするにはまず、それが在るということに気がつくことがその始まりで。 気がつくには、外側の現象が起こる?存在する? 必要があるのかもしれません。

この6日間には実にさまざまなことがありましたが 来客や大家さんやカレから気づかされることももちろんあったけれど、 展示のパートナー・バディーの彼女からもたらされることが多かった。

中でも印象深い展示2日目の夜の出来事について端的に書きますと。

展示を見に来た友人と展示終了時間を前に都心へ食事へ出かけた彼女から、 待てど暮らせど連絡が来ず、終電時刻くらいにしびれを切らしメールするも返事なし。 イライラしながら電話をするも出ず、 もしかしたらまた携帯をなくしたり? どこかで倒れていたり? と少し心配にもなってきて、 けれど音信不通なので待つより方法はなく、深夜2時近くになったので、寝ることにした。 すると「ごめんなさい!今夜は泊まってきます。野村さんに言ったつもりになっていた!」とメール。

ほんとにどうしてこの人はこうなんだ! と肚の辺りが熱くなるも、 これまで自分もまったく同じようなことをカレに何度もしてきた、と即座に気がつき悶々。 いつかカレが感じたかもしれないことを、自らの感情をともなって体験することとなったのでありました。

でも。けれど。ぼくはそのような彼女が好きなのである。 彼女が、え?! と自分の想像をこえる言動をする彼女であるところが好きなのである。

彼女はあまりにもぼくなのだけれど、彼女が他人だからこそ、その反省ポイントを反転させることは容易だった。

彼女がそんな彼女だからいっしょに遊ぶように、 ぼくがこんなぼくだから彼はぼくといっしょに生きているのかもしれない。 過去は悔やんでも仕方がなく、過去を反省できたということに自らの進歩をみればいいのかもしれない。 身勝手なぼくはそのように結論づけ眠りについたのでした。

そんな風に展示期間には、無自覚な自分のあれこれに強制的に気づかされること多々。 ある意味ではとてもしんどい時間ではありましたが、それこそが「浄化」。

反省、また反省。そして、飛躍的浮上。

ぼくは人に迷惑かけようと生きているわけではなく、 結果的に人に迷惑をかけてしまうのだから仕方がない。 というか、人に迷惑をかけながら生きているのが自分なのだ。

自分をダメ人間!と、いたぶるのではなく、ダメ人間でございます。としよう。 ダメ人間なのだから、他人様のダメダメもヨシとしよう。 おたがいさまね、と涼しく生きよう。

いやいや、そんなひらきなおりは許しませんから! そんなのただの甘えですから! そのように責める人とは付き合わなければいいだけなのかもしれない。 自分が自分をヨシとすることを許さぬ人と過ごすほど、人生は長くないのかもしれないのだから。

浄化の会を経て、きょうのぼくはそんなことを思うのであります。

以上、行き当たりばったりの中年男子の戯言にお付き合いいただき誠にありがとうございました!br> ニュー男子 拝

 

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