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器が小さい男

 

 

この2週間くらいは、展示の準備やら展示やらをしていることもあり、 いやいやそれ以上に友人が宿泊中で喋りたいことがたくさんある毎日ゆえ、 まったくテレビを見ていない。 そしてネットニュースもほとんど見ていないので、 まるで世の中のことを知らない It`s a small world からおはようございます。

そのような事情もあり、ここのところは普段以上に、 生身の人間から発せられる言葉、情報が濃厚に響くのですが。 目下、心に残っているフレーズとして思い出すのは 前述のカメラマンKさんの口から聞いた「自分は器が小さいなあ」という一言です。

それは、Kさんが2年ほど前に2ヶ月程度アシスタントを雇っていたという話から導き出された言葉なのですが、 人に紹介され面倒をみることになったそのアシスタントは、なんとスウェーデン人。

Kさんの話を聞くに、 育った環境が国単位で異なるその女性とは、常識の感覚がなかなか違いそうで、 加えて言語の壁もあり(彼女は日本語を話せない)、 仕事をともにするのはちょっとした修行のようだなあ、と思いながら聞いていた。

じっさい、例えば現場の集合場所を伝えるにしても、 地下鉄は”何番出口”というところまで事前に指示する必要があったらしく、 そのために、当然ながら師匠であるKさんがネットなどで出口を調べ、メールしないとならない。

また、ロケハン(撮影場所の下見のようなこと)に彼女は、 ちょうど日本に旅行に来ていた家族を連れてきたがったりもしたそうで、 それはぼくの想像する”仕事”とはかけ離れていて、 ものすごく笑いながら話を聞いた。

結果として2ヶ月後に「もうクビやー!」と彼女を解雇したそうなのですが、 面白おかしく外国人弟子エピソードを披露し、 結論のようにKさんが放ったのが「自分は器が小さいなあ」。

で、その言葉のなにがぼくに響いたのかというと、 理不尽な出来事や展開は、 腹立たしくアンラッキーなことと捉えられる一方、 自分を成長させる、自分のキャパシティーを広げることのできる、 またとないチャンスともいえるのだな、と、 Kさんの言葉にあらためて感じたからであります。

そして「器」なるちょっと抽象的な言葉、概念を、 具体的エピソードの末に聞くと、 ああ、そういうことか。とより深く理解できたように思えたこともあります。

器が大きい人とは、ようするに「許す人」。 ”許す”が上から物言う雰囲気があるのだとすると「見とめる人」のことを言うのかもしれません。

常識や感覚や表現方法などの違いを、正すのではなく、 あなたはそうなのですね、わかりました。と、そのまま受けとることができたらきっと、 人間関係によるストレスのようなものはほとんどなくなる気がします。

あなたはよい、あなたはダメ、というジャッジメントがないそうした人が増えることが 差別のない社会へとつながっていくのかもしれないな、とも思う。

ぼくたちのおしゃべりに登場した彼女は非常識でしたが、 彼女の仲間からしたらカメラマンKさんこそが非常識なのかもしれません。 そこで「どっちが正しい!」などとやるとそれは規模の小さい戦争なわけで。 ただただ、違いを認め、違いというバリエーションを”豊か”と思う感受性をもちたいなあと、ぼくは思うのでありました。

以上、本日も薄めたカルピスみたいなダラダラ雑記にお付き合いいただき誠にありがとうございました!
ニュー男子 拝

 

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