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マイナス970円の黒字

 

 

お金って、 たんに人の間を移動しているだけなんじゃないかしら。 などと、気持ちが明るい朝に思う私です。

それは先日のこと。 近隣の町に用事があり 駅までバスで向かおうと家をでたところ 財布には1円も、見事に1円もなくて驚き。

けれどsuicaはあり急いでもいたので、 suicaにいくら入っているかバスの乗車時にたしかめ そこにも全然なかったら 10分くらい歩いてコンビニのATMに立ち寄ろうと決めバス乗り場へ。

最寄り停留所から駅までは230円かかるのですが、結果はsuicaに201円。 ならば200円でいけるところまで運んでもらおうと乗り込み 折を見て運転手に200円でいける停留所を尋ねると 駅からの値段ならわかるが、 駅までの値段はわからないから調べます、と。

なるほどー、そうですか。 ぼくのような乗車の仕方は珍しいのでしょうね。 と心で思い、なんだか恥ずかしさのようなものが発生し 額に汗がふきだしながら席へ戻ると、 ひとりの老紳士がやってきて はい。と100円玉を差し出し、 これで駅まではいけるだろうからどうぞ。 と、100円をくれたのであります。

わ! すみません、ありがとうございます! ありがたく受けとり、両替し、必要な30円を頂戴し70円をお返し。 こんなにありがたくうれしい30円ってないよなあ、と ニヤニヤしていると、とあるやりとりが思い出された。

それは昨年大晦日は新宿三丁目駅のこと。 にぎやかな地下鉄のホームにて どうにも困惑した様子の老女がいたので話しかけたところ 「電車賃がないのでお金をくれませんか」

え? お金をくれですって? と、瞬間ためらうも、 財布をひらくと2000円入っていたので1000円を差し出し、 見知らぬ人にお金をあげたことがおかしくて ひとりニヤニヤしたのです。

さて、それは、 3日もすれば忘れるようなささやかな出来事ですが ”困った人に手を差し伸べた””困った時に手を差し伸べられた” ってな2つのエピソードがセットに見えたとき あのおとぎ話は本当だったんだ! というような、 妙にうれしく、おかしな気持ちがジワジワとわいてくるのであります。

さらには、 もしかするとお金のやりとりの本質は 人が自然に手を差し伸べ合うような 単純であたたかな交流のようなものかもなー、 などと明るく思考を飛躍をさせると、 目の前がパーっとひらけた心地になるのは私だけでしょうか。

以上、本日もいつもながらものすごく個人的な想像に 最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!
ニュー男子 拝

 

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