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情報と精神世界

 

 

それが情報という手でふれることのできないものだから 無限に自分が保有することができると思ってしまいそうになるけれど、 もしかすると、 洋服やら本やら缶詰やらを家に貯めておくにはスペースが必要であるように、 情報も、自分のものとして留めておくためには内なるスペースが必要なのかもしれませんよね。

と仮定すると、 SNSやらブログやらで多量の情報を読み込み、自分の血肉とするためには、 それ相応の処理能力だけでなく、 受け皿的キャパシティーが必要ということになってくるのだと思います。

ただ入れただけの情報は、 誰々が言っていた、どこどこに書いてあった、というように 単純に右のものを左に移すようなことにしかならず、 情報伝達とも言えるその行為の価値というのは、 片手で情報を入手出来るこの時代には、あまり重要視されないのは当然かもしれません。

ということでぼくを含め、多くの現代人は たくさん手に入れ、かつ、それを自分のものにしたい! という 欲張りともいえるスタンスで生きている人が多いのではないでしょうか。

「なにかを手放さなければなにかを手にいれることはできない」 という古くからの教えのようなものを真実とするならば、 そんなぼくら欲張り人間は、不可能なことを目指していることになりましょう。

でも、わたし、気がつきました、不可能を可能にする方法に!

まずは、 目に見えないものだとわかりにくいので 目に見える物でそうしたものとのスタンスをとらえてみますと。 取り組み方は大きく3つ。

A.ワンルームに荷物いっぱい。荷物多すぎてどこに何があるかわからないアップアップ状態。 B.増えすぎた荷物を断捨理して、すっきり! 何か買ったらひとつ捨てますよ境地。 C.広い部屋に引っ越し。荷物が増えたらさらに広い部屋に引っ越し永遠の発展志向。

そう、不可能を可能にするためには 広い部屋に引っ越しつづければいいのであります。 実際そのようにして、より広い部屋へと転居し続けている人もいることと思います。

しかし相手が物質であればそのように対処もできますが 情報や人間関係的なこととなると、どうしたものでしょう。

本を読んでいないのでただの勘ですが 一時大流行した「断捨理」というのは、 目に見える物たちを内観しながら捨てていくことで 目に見えない心などの整理をする、ということなのだと思うのですね。 つまりは B。 それは、身分相応という地に足のついた在り方のススメなのかと思います。

しかし、 B的に生きたらいいのはわかっているけど自分には無理! と、誰に対してかわからない怒りをもちながら生きているAの人はどうしたものか。 Cを夢見ることと思います(Aはアップアップ故、現状脱却を望んでいる前提)。

物理的には広い部屋に引っ越せばいいわけですが 精神的(目に見えないもの)にCを夢見るというのはどういうことか。 それって、器をデカくする! ということなんじゃないでしょうか。

多くの人間関係を構築し円滑に進め、多くの情報を入手しさばく。 そのためには、自分が大きくなるしかないのだと思うのです。

だからこそ、自分が大きくなることかはひとまず 昨今、スピリチュアル・精神世界へ傾倒する人が増えているのだと思う。

なにが書きたかったといいますと、 何も手放さずに手に入れたいという姿勢が成就するためには 器を大きくする、といった、 なにをどうしたら叶うのかわからないようなことを 望んでいる、ということなのかもしれませんよ! ということでした。

以上、単なる思いつきの仮説を 長々と読んでいただきありがとうございました!
ニュー男子 拝

 

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