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個性的な人

 

 

個性的な人だね、という言葉は 便宜上、ときどき口にしていますが 口にしながらも、おかしな言葉だな、とも思ったりしていて。

なんでおかしいのかというと この世に存在しているすべての人は 絶対的に唯一無二なのだから 誰しも個性的なわけで 「個性的」という言葉は変じゃん、と思うのであります。

それでも使うのは、 その言葉が意味する概念のようなものを 相手に伝えるためには、その言葉が端的で都合がよいから。 つまりは便利だから使っているわけで。

言葉というのはそのように、 実態のない思考のようなものを 表現するためのツールなのですよね、きっと。

話は「個性」に戻りますと、 人はみな個性的ながら それでも「個性的な人」と誰かを表現したいのは 個性的に感じられない人もいるから、ということなわけです。

個性的に感じられない人というのはどんな人かというと、 テレビや雑誌や新聞、ネットなどから入手したスーパーマスな情報に スーパーマイノリティーであるところの個の性質のようなものが 覆い隠されている人のことをぼくは思い描きます。

パ、と浮かぶのはたとえば、 ゆるふわヘアー(もしかしてもう古い?)をして ジャケットなどを袖をとおさず羽織り、 片手にはスターバックスのトールサイズのなにか、 片手には何が入るのだろう小さなクラッチバックを携える 女性誌的「今シーズンのモテスタイル」そのまんま! みたいな人。

そうした、実は全然モテていない人がつくりだしているかもしれないモテ情報を鵜呑みにしていそうな男女をみかけると、 なぜだか「だまされないで!」と言いたい気持ちになってしまう偏屈なわたしです。

って、話が個性からモテへとズレてる!

ただ、多くの媒体が 自分をあらわす場所でありそうな外見を ”自分らしく”ということよりも”モテ”という 誰かからの「いいね!」を軸にするよう働きかけていそうな昨今ゆえ 話がこのような展開になったのかもしれませんよねー。

という言い訳にて、本日のぶつぶつは終わろうと思います。 ご清聴ありがとうございました!
ニュー男子 拝

 

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