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おしゃべりという流布

 

 

とあるレディーが今朝、集金にやってきて 玄関先のちょっとしたおしゃべりとして

いま、インフルエンザがものすごい勢いで 学級閉鎖になるくらいに流行っているので 気をつけてくださいね

というようなことをわが家に伝え、帰って行った。

ふーん、と聞いたけれど、 これこそが口コミ、流布だよな、と思った。

実際はわからないけれど 彼女が尋ねる家家で同じようなことを口にしているのだとしたら 目に見えないインフルエンザというものを 目に見えない言葉にのせて流行らせている、 ということでもあるのだと思う。

まったく詳しくないことを書きますが(ご興味あったら調べてください) この世界はつきつめると分子、原子ときて 現代では素粒子というものが 物質を構成する最小の要素だそう。 そしてその素粒子というものは、なんと、 観測されたその瞬間にそこに出現するという性質のようなものらしいのです。

観測されるときにあらわれるということは、 その人がそれを認識したときに そのものが出現、存在するということなのだと思うのですね。

つまりは、 インフルエンザが大流行している、という彼女の伝達によって ぼくの世界には「インフルエンザが大流行」という認識が広がり、 そのものを恐れる気持ちとともに、 インフルエンザ大流行という事実があらわれるのではないか、ということ。

これはただの仮説、個人的な思い込みなのですが そんな風に言葉、情報をとらえると 言葉というのは、大きな力をもっているなあ、と思うのです。

また、 インフルが流行っているので心配ですね。と伝えるのと、 インフルが流行っているらしいけれど、お元気そうだから大丈夫ですね。と伝えるのでは、 伝えられたこちらに残される気分のようなもの方向性がまるで違うということも思います。

目に見えないものへの不安と安心。 心配は真実っぽく聞こえ、安心は能天気な楽観に聞こえる気もするけれど 実はどちらもひとつの可能性だということなのですよね。

だから何だ、ということはありませんが、 言葉を人に伝えるということは、 伝える人の世界にその種をまく、ということでもある、 と意識して、おしゃべりをしたいなー、とぼくは思うのでした。

ヨソジのつぶやきを最後までご清聴いただきありがとうございました!
ニュー男子 拝

 

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