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日当たり不良アパートの天国性

 

 

なにを書こうということも決まらず、ひとまずタイプしてみる。 さて、なにもない。なにも浮かばない。

なにもない、なにも浮かばないというのは、 もしかすると、今のこの瞬間のぼくが空っぽということかもしれない。 もしも空っぽだとすると、それはなんでも入るということかもしれない。

赤ちゃんは、言葉による知識を一つもたずさえず、 ただただ目の前のこの瞬間の現象に反応しているのだとすると、 それってすごく贅沢なことなのかもしれない。

なぜならそれは、過去に引きずられず未来に夢をたくさず、 余すことなく今を生きているということだもの。 その過ごし方、生き方、あり方は、 最高に、純度100%に生きているということなのかもしれないと思う。

なんだかコラムというよりもポエムですね。 そんな日があってもいいですね。 そう、そんな日があってもいいのだと思うのです。 なにもせず、なにもしない空っぽな日が。

一生懸命に働いたご褒美のようにして南の島へ出かけずとも、 日当たりのよくない築数十年の狭いアパートで、大渋滞の車中で、大都会の喧騒の中で、 電化製品のコンセントを抜くように、 海に浮かぶべく脱力するように、 眠りに落ちる瞬間のように、 奏でられる音楽と一体になろうとするように、 どこにいても、どんな時でも、 自分がそのようにあろうと決め、そうあれると信じれば、 ここはパラダイスなのかもしれません。

やるべきことが心配ならば、 やることリストを書き出し、リストを見落とさないところに貼っておくなどすれば、 安心して「やらなくては」を忘れることができる気がします。

実は、ヨガやマッサージや温泉や旅やなにかしらの鑑賞などを求める心の根底には、 「空っぽになりたい」という欲求があるのかもしれません。

いついかなるときも休まずに働くことが大好きならば別ですが、 日々のちょっとした隙間に、 部屋の掃除のように、風呂に入るように、猫が毛づくろいするように、 全身全霊を空っぽにしてみることは、 結果的にさまざまなことの効率をあげるのではないかと思うのですが、いかがでしょうか。

そして。 赤ちゃんにできるということは、 かつて赤ちゃんだった私たちはそれを知っている、それをできるということなのだと思うのです。

本日もご静聴ありがとうございました!
ニュー男子 拝

 

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