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日々 no 買い物 de 自己開発!

 

 

新しい自分を与える。 というフレーズがふと浮かんだ。 不思議なのかまったく不思議じゃないかわかりませんが、 ときどきそんな風にポンと言葉が出てくることがありまして。 そうして、圧縮ファイルを解凍するような気分でそのお初のフレーズをほぐし読み解く、 いや、自分なりに解釈し意味を与えることをするわけです。

自分に与える。という言葉はよく聞くけれど、 自分を与える。とは、さてなんのことだろう?

話はさかのぼり、その日の夕刻。 ぼくは行きつけの古着屋さんに行ったのですね。 古着屋といっても古着が売っているからそう呼んでいるけれど、 その店、STRANGERは、 古着に絵、マグカップにカセットテープにZINEにとさまざまな物が売られているだけでなく、 絵や陶器の個展がひらかれていたり、 占い師やコーヒーショップなどが出店するイベントが催されたり、 なんといいますか、自由。フレキシブルなお店なのであります。

訪れたその日はいわゆる通常営業中。 あいにくの空模様だったこともありお店に先客はおらず、 久々に会った店主とそれはもう長々とおしゃべりを堪能したわけですが、 そんな中で目があったのはモスグリーンの帽子。

目があうというのはよくできた言葉だなあ、と思うのですが、 たとえばたくさんの人が行き交う場所などでも、 友人の姿がドラマティックなほどにくっきりと見えるがごとく、 その日のその店で買うとするならばもうその帽子しかない、と直観したわけであります。

かぶってみると、そりゃあよい。わたし彼が好き。って感じ。 今日の服ともよく合う。 だけど、買おうか買うまいか迷うのは、 お金の問題ということもあるのだけれど、 今日のコラムではこの部分はスルーするとして、 迷う理由はそれがキャップである、ということなのです。

ぼくは、そもそも帽子とかサングラスとかというアイテムを、 「私はオシャレをしています」というもののように思え どこか気恥ずかしく購入するも身に付けられない傾向がありまして。 (いや、けっこうかぶっているんですけども) 特に「キャップ」は敷居が高く、買うことすらあまりできないできました。 キャップなんて値段も存在もカジュアルじゃん、 という声が聞こえてきそうですが、そういう話じゃないのですよ。

ぼくは、自分が男が好きな男だと気がついたいつの頃からか、 それを重大なコンプレックス、恥ずべきことと思い込み、 周囲に悟られないよう努力しながら、 けれど男らしく装うということにも抵抗がある面倒くさい人間なのですが。

キャップというものの存在はぼくの中で、 少年、男子、スポーティー、雄なものという小学生時代にできたであろう思い込みにより、 自分には不似合いというか、 「キャップをかぶっていいような人間じゃありません」 ってな謎の劣等意識を呼び起こす分不相応アイテムなのであります。

しかし昨日は、そんな逡巡を店主に聞いてもらうことができ、 店主の後押しももらい、なんと購入!

そうして、ようやく表題のフレーズへとつながりますが、 ぼくのしたことは、ただ”キャップを買った”のではなく、 「キャップをかぶる新しい自分像を自分に与えた」ということなのかも、と思い至ったわけです。

つまりは、乗りたいけどもったいないかとタクシーよりバスを選ぶのが常な人が、 いや、でも、乗りたいし! とタクシーを選ぶことは、 「タクシーに乗る新しい自分像を自分に与えた」という話。

勝手な思い込みばかりで恐縮ですが、 たとえばそのような視点をもち、 ちょっとした勇気をもって新しいお金の使い方をすることとは、 新しい自分を与えるということなのかもと思うのであります。 これすなわち、日々 no 買い物 de 自己開発!

以上、本日も長々くだらないおしゃべりにお付き合いただき誠にありがとうございました!
ニュー男子 拝

 

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