更新

損得でいうと

 

 

損得でいうと、戦争は損だと思う。 だって、どのような場合も人は死ぬわけでしょう?

たとえこちらの側が圧倒的に強く、あちらの側を瞬く間に制覇できたとしても、 おそらくは、誰ひとりも死なないなんてことなどありえないと思う。

もしも、ひとりも死なない戦争があったとしたら、 それは、誰一人抵抗をしなかったということかもしれないけれど、 どのような土地、どのようなコミュニティにも、おそらくはさまざまな価値観の人がいて、 ただ一人も抵抗をしないなどということもまたありえないのではないかと思う。

完璧にその土地やらの人々の意思が統一されていて、 人々をたばねる権力者のような存在が戦いに抵抗しなかったとしたら 血の流れない戦争があるのかもしれないけれど、 そのような戦争があったとしたら、 もしかするとそれは戦争ではなく、融合なのかもしれない。

ただのぼくのイメージですが、

戦争。という言葉は、 教育やゲームなどで仕込まれてきた「競争心」を刺激し、 争いに勝つことを善とするような価値観に力を与え、 勇ましさなどを発揮する機会のように人々を扇情する危険性がある言葉のように思う。

だからして「戦争。」なんて言葉におさめず、 権力者により洗脳された人同士が、 権力者の都合のために殺し合いをさせられること。 と、それを認識したい。

さて、損得でいうと、 うしなわれた命は どれだけのお金を積んでも、 どれだけのテクノロジーを投じても、 金輪際、元に戻ることはないのだから、 損出という意味では、 無限大のお金以上の損をしたともいえるのではないでしょうか。

金銭ではかれない「命」という超天然記念物が、 一瞬のような時間で何万と灰と化すその戦争は平和のために必要なのです! と、戦争をしたい誰かはいうのかもしれませんが、 どのように考えてもその獲得の方法はあまりにも非効率的だと思うのですが、 みなさんはいかが思いますでしょうか。

以上、幼稚な見解にお付き合いくださり、誠にありがとうございました!!
ニュー男子 拝

 

記事を評価してくれまへんか?

  • ええよ (6)

この記事をシェアしてくれまへんか?

RELATED POSTS / 関連記事