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バレエの公開リハーサルを観た

 

 

先日。とある劇場で、とあるバレエカンパニーの”公開リハーサル”なるものを観る機会に恵まれました。

公開リハーサルとは、言葉どおり観客を前に作品のお稽古を行うというもので、 これがとても面白かったのであります。

何が面白かったかを一言で表すならば、手品のタネを教えてもらった、ということかもしれません。

手品のタネを知ったら手品が手品でなくなってしまうじゃないか、という声もありましょうが、 バレエのそれを知ることは、かっこいいことを言わせていただくと、 バレエへの感謝と尊敬のようなものを育むすばらしい機会なのでありました。

たとえば、あちらからこちらに舞いながら移動するそれだけの動きの中でも、 目線や手の角度、胸のひらき具合などその一瞬一瞬の動作や表情には、 踊り手である登場人物の何かしらの感情や、動きや振りにたくした意味、祈りが込められている、 それがバレエのよう(踊りとはそういうものかもしれませんが)。

ぼくはバレエ観賞時にときどき、すいこまれるように抗いがたい眠気に襲われることがこれまでにあり、 退屈をしているどころかしかと見届けたいのにどうして眠くなるのか不思議だったのですが。

その眠気の訳はもしかすると、 言葉を使わぬその表現が言葉で言い表せない無意識的な領域に常に何かを訴えかけていて、 その意味というか、意味を超えた意味のようなものをキャッチする働きとして 頭に飛び交う言葉の判断が邪魔になるということで、眠くなるのかもしれない。 などとリハーサルを観たことで思い至った私です。

細かく感想を書き連ねるとどんどん長くなってしまうので料理レシピ的に書いてみますと……

バレエ(踊りの表現)は、まず型を完璧に身体にしみこませることが必須。 考えるまでもなく自然と動くくらいまでしかと型が身体に入ったら、 そのひとつひとつ、一瞬一瞬が意味するものや感情などを理解し、 そこへ魂、意識、エネルギー、気のようなものを込める。 それらを込めるという意識を持たずとも自然と込められるほどに 動きと意識が融合するようになって初めて舞台に立てる。

そんな解釈をし、舞台を踏むには気の遠くなるようなレッスンが必要に違いないと想像。 そして、それを当然と受け入れ日々レッスンに励む人たちがあってこそ、 「バレエ観賞」なる優雅な時空を私たちは経験できるのだと考えると、 それって本当にありがたい、有難いことだなあ、と思ったのでした。

というか、それはバレエに限ったことではなく、 あることがあたりまえに思えるさまざまなものはもしかすると、 それに携わる人々の想像を絶する時間やエネルギーがあってこそなのかもしれませんよね。

いやはや、世界はありがたい!

以上、独断&偏見だけのコラムにお付き合いいただき、ありがとうございました。
ニュー男子 拝

 

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