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ブルゾンちえみを見ると元気になる理由

 

 

江利チエミ、堀ちえみ、ブルゾンちえみ。 これが我が脳内の「ちえみ御三家」でありますが、 そんな情報はどうでもいいのですが、 21世紀のちえみことブルゾンちえみを見初めたのは、たしか今年の元日のことでした。

日本テレビ界に彗星の如くあらわれた彼女に心うばわれた人々はぼくの他にも数多くいたのか、 またたく間にテレビやネットやらで話題となり、 おそらくたくさんの人の目にふれた今年始めからわずか3ヶ月後のこの春は連続ドラマに、 主役級の立場で出演するその脚光の浴びざまは、まさにジャパニーズアメリカンドリーム。

そんなブルゾンちえみをうっかりブルボンちえみと言ってしまう昭和な私のボキャブラリーはさておき、 彼女の何を好んでいるかと自問してみるに、 そのわけ、秘密は「35億」ネタに集約されているように思い至りました。

ネタを知らない人は、いったんyoutubeなどで確認していただくとして、 独特なヘアメイク、特徴的な体型といった印象的なキャラクターから 軽快な音楽をバックに歌うように踊るように繰り出される言葉は、 コマーシャルのコピーのように短いながらも核心をついているわけですが、たとえば。

元彼のことが忘れれないと話す同僚女性に対し、 「元カレが忘れられない? ダメウーマン! 味のしなくなったガムをいつまでも噛みますか? 新しいのを噛むの」と一蹴し、 「地球上に男が何人いるか知ってる? 35億と5千万!」と、想像をこえるスケールの着地。

文字にするとなんのことはないようにも思えますが、 この短いフレーズが爆笑を生むそれがいわゆる”お笑い”のすごいところなのでしょう。

しかし、彼女に好感を抱く所以はネタが面白い。という”面白さ”にあるというよりは、 放たれるそのメッセージのすがすがしさ、それを放つ彼女自身のくったくのなさにあるのではないかと感じます。

トーク番組にて恋愛についての何かを聞かれて彼女は、 「世界のどこかに必ずその人に合う国がある(そのままの容姿でモテるという意味)」と言い、 あのキャッチーな見た目も、自分が好きな人のメイクや髪型を取り入れているだけ(コシノジュンコ!)と言う。

個人的な思い込みかもしれませんが、 これまでの女性芸人の方向性としては、 たとえば自分をブス(モテない)としてブスを笑う的な自虐や、 女のずる賢い側面を同性ならではのディティールで暴露し笑いに変換する同族バッシング(悪意方面のモノマネ含む)など、 どこかこの国にはびこる男性上位な世界観(お笑い界はことさらに男性上位に見える)にのっとった隙間産業的な印象があるのですが、 ブルゾンちえみのそれは、そうしたある種のネガティブな立ち位置をふまえないというか、 「クミちゃんは、どうしてそんな風にちいさく生きているんですか?」「地球は広いの。女を楽しむの」と、 そもそもの立っている地平が違うかのよう。

その際の彼女の在り方は、たとえば、 ブスですから。という卑下ではなく、 ブスですが何か? というひらきなおりでもなく、 ブスという概念ってとってもナンセンス! それは私には不要です。 と、自分という素材、存在を「OK!」とする自己受容に基づいているのかもしれません。

そして、その「自分はOK」という自分への姿勢は、 自分も他人も傷つけることはなく、誰にも喝破されることのない真理なのではないかと思うのです。 「アナ雪」の「ありのまま」が流行ったように、 「自分でよい」という存在の肯定を多くの人は目耳にしたい、 ブルゾンちえみのブレイクは、その集合意識的な願いが引き起こした社会現象なのかもしれません。

ってな超個人的解釈のブルゾンちえみ考にお付き合いいただき、誠にありがとうございました!

p.s.とはいえ彼女の出演ドラマは10分眺め消しましたが……。
ニュー男子 拝

 

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