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次元を変えた土曜日

 

 

次元という言葉をぼくはよく頭や心で使っていることがあるのですが、 次元とはなにかいまいち自分でもわかっていなかったのだと 次元に関してこれまでとは違う理解をしたことにより気が付きました。 「わかる。」って「わかっていなかったことがわかる。」ということなのかもしれないですね。

さて次元についてですよ。 今日は土曜日なのですが、この土曜日にとある地方のギャラリーに絵を見に行きたいと思い 数日前にLINEを通じて友だちを誘ったのですが既読になるも返事がこない。 いつ来るのだろう返事は、と頭の片隅で気になりながら当日を迎えまだ返事はない。 そして「既読スルー」について、ぼくはいろいろと考えたわけです。

当初は、忙しい友だちだけに当日の予定が見えず返事ができないのかもしれない。と思い、 それから、友だちに返事ができない事情(病気など)があるのかもしれない。と思い、 最終的には、友だちがぼくに返事をしたくない事情(嫌われた)があるのかもしれない。と思い至り悶々。

悶々とするくらいなら 返事の催促をするなり電話をかけるなりすればいい。 ただそれだけの話なのはわかっているのですが 今回はそのようにせず「保留」してみることを選んだ。 保留し、その悶々と向き合ってみようと思ったのでした(マゾ)。

そうして向き合って出てきた答えは、友人がそのような人かはさておき 「返事をしないことが返事であることが常識の人もいるのだ」ということ。 それは裏を返すと自分の中に「メールが来たらメールを返す」ことを常識とする思い込みがあったのだ。 という気づきをもたらしてくれました。

返事なんてしなくたっていい。 返事をするかしないかはそれぞれの自由である。 ということ。

それが表題の「次元を変える」についての閃きであります。

自分ならこうする。これが普通だ。という風に、 次元とは、ある現象についての捉え方ということで、 次元を変えるとは、自分の持つ考え方に気が付きその概念を手放すことなのかもしれない。

問題はそれを問題とするから問題なのだ、とよく聞きますが 仕事でも私生活でもなにかしらの問題が起きた時は、 それを問題と捉えない次元に自分が移行すればいいだけのことかもしれません。

困ったときは次元を変える。 そんな生き方が楽かもなー、と思うのですがみなさんいかがでしょうか?

 

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