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SNSではわからないこと

 

 

こんにちは。曇天の土曜日です、わたし。 さきほどまで友人から来たメールに返事を書いていました。 じっさいパソコンに向き合い、 言葉をタイピングする時間はわずかだけれども その人からのメールを受け取り読んだ瞬間から もう返事書きは始まっているのだと思う。 行為って、いつからいつまでなんて区切ることができないのかもしれない。

返事に要した時間は約2日間。 なぜそんなに時間がかかったかというと どう返事をしていいか、どんな言葉を送っていいかわからなかったから。 結果、書いていた言葉は「この世は諸行無常といいますし」というなんともいいようのないもの……。

その友人とは1年近く実際には会っていないながら SNSを通してほとんど毎日のようにその動向のようなものを知っていたため 投稿からその人の状態のようなものを勝手に「このごろいい感じなんだね」と捉え それをどこか「真実」のように思い込んでいたのでした。

けれどメールを送る機会があり、じかにやりとりをしていたら 彼のこの1年はとても過酷で苦しいものだったということがわかった。

いや、「わかった」などと書いてみたものの それもまたその人のメールの言葉を自分なりに捉えただけのこと。

けっきょく人のことは、 SNSではわからないしメールでもわからないし 電話でもわからないし会ってもわからないしSEXしてもわかることなどないのでしょう。 どこまでいっても「わかった気がする」だけ。

でも、同じわかった気分になるのだとしても、 SNSという多数に発信しているものは、 あくまでも多数に対して自分が見せたい自分を発信しているものかもしれません。

完璧にプロデュースされたアイドルが、 アイドルを忘れるプライベートの時とは別人であるがごとく 自分が管理できるSNS的場所での発信は あくまでもその人が見せたいその人、その人のとても限定された姿なのだと思います。

テレビのバラエティ番組のケンケンガクガクを ショーであり茶番であるのを承知でたのしむように SNSも、SNSサイズに日々を切り取ったもの。 と捉えるのがその遊びの嗜みなのかも、と思ったのでした。

 

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