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FeelとThink

 

 

感じることと考えることは違う。 言葉としてはそれを知っていましたが 今にして思えば、ぼくはその違いをよくわかっていなかった気がします。

いつの頃からか覚えていないのですが インタビューでの質問に「感じる」という言葉を意識的に使うようになりました。

たとえば映画のPRを目的としたインタビューの場で、 「ご自身で映画をご覧になってどんなことを感じましたか?」と聞くようになったのですね。

たかが一言でしょう。と思う人もいるかもしれませんが、相手は俳優さん。 俳優という仕事は、ぼくが多くのそうした人に話を聞いて感じることとして 言葉というものに対して慎重、誠実に向き合う人たちが多いのではないかと思います。 彼、彼女らが役を生きるにあたり、セリフという言葉は大いなる手がかりになるはずで ゆえに「考えた」「感じた」、 その一つの言葉ですらおろそかにしないのは当然といえば当然かもしれませんよね。

俳優さんの話はさておき。 感じることと考えることをいっしょにしていませんか?  という問いかけを今日はしてみたいと思います。

考えるというのは考えるまでもなくわかるというか馴染み深いことかと思いますが、 うーん、どうしよう? とか、どういう手順でしたら早いかな? とか、 言葉で自分に問いかけ、言葉で答えが戻ってくる頭の動きみたいなことですよね。

感じるというのは感じることで(言葉を言葉で説明するのってむつかしい!) 「考える」よりも動物的というか肉体的なことではないかと思います。

たとえば映画を観て自然に涙がこぼれた。 などというように、感じるということは言葉をこえているのだと思うのです。 もちろんどちらが偉いということはないのですが メールという「言葉」がコミュニケーションの主となった現代は 知らず知らずに思考に偏ってしまうことがあるかと思います。

もしも自分を思考偏重気味と感じるならば 一瞬で言葉として浮かび上がる「思考」の奥に存在する「感情」に耳をすませてみてはどうでしょうか。 そんな風に自分が感じていることに意識的になると 自分が考える自分とは異なる、あらたな私と出会うことができるかもしれません。

 

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